第52話 思いと現実
レイに任せていた少年ゾロの元にダーク=ヒーロは約束通り、妹のリリアを送り届ける事が出来た。
どちらも魔法で眠らされていたから、ダーク=ヒーロは一時的な措置として、ヤアンの村に二人を運び込み、そのまま、一緒にベッドに寝かしつけている。
「依頼主のゾロ君の妹リリアちゃんが無事だっただけでも良かったと思いますよ」
レイは落ち込むダーク=ヒーロを背中に優しく手を当て、励ました。
そう、その前に失踪していた子供達は、闇社会のボスの一人であるスゲンから、誘拐し売り飛ばした先で、すでに死んでいると直接耳にしていたのだ。
チートで力を手にしたダーク=ヒーロは、今度こそ困った人達の役に立てると思っていたから、最悪の結果にうなだれる。
いや、リリアという少女が助けられたから最悪ではなかったが、それまでの子供達はおそらく『呪毒』の研究の為に犠牲になったのだろう。
今頃、マトモス王子の私兵の一人であるシドという男が、そのスゲンを拷問して子供達を引き渡した相手を聞きだしている頃だろうが、もう時間がない。
もう明け方なのだ。
「レイ……。俺は戻るけど、どうする?」
「私も一緒に戻ります。──あとはミア、お願い」
レイはヤアンの村で生活する友人であるエルフのミアにお願いした。
「……わかったわ。この二人は私が世話するから安心して」
レイはショックに沈むダーク=ヒーロが心配だったのだが、ミアはそれを察してくれたようだ。
二人はミアに感謝すると、デズモンド領都にある自宅へと『瞬間移動』するのであった。
ヒーロはこの日、いつもの日課である冒険者ギルドに行く事なく、自室で眠っていた。
いや、眠れないまま、ベッドの上で落ち込んでいたというのが正しいだろう。
レイはヒーロの起きている気配を感じていたが、今はそっとしておく方が良いだろうと考えると、自分は少し睡眠を取り、それからは室内の掃除を始めた。
そのレイは最強と思えるダーク=ヒーロがいれば、失踪中の子供も助けてくれるだろうと楽観視していたところがあったから、その意味では彼女も少し落ち込んでいた。
ダーク=ヒーロを当てにし、期待していた自分に対してである。
ヒーロも夜のチート以外は普通の人なのだ。
失敗もするし、考えが及ばない事もある。
日中などは、凡人も良いところだ。
だからこそ、自分がそういうヒーロの至らないところをサポートできればと思っていたのに、いつの間にか頼っていた。
「……私が落ち込んでいてもヒーロの心の傷は癒えないわ。こういう時こそ私が支えないと……!」
レイはそう自分に言い聞かせると、今度はヒーロの為に料理を作り始めるのであった。
レイは少し早いが夕飯を作る。
昼ご飯はヒーロが扉越しにいらないと答えていたからだ。
レイはだから聞く前に作ってしまおうと考えた。
メニューはヒーロから直接聞いて覚えたハンバーグである。
ヒーロの大好きな料理という事で、レイは習った通り、下ごしらえから丁寧にやって鉄のフライパンで焼いていった。
するとすぐにいい匂いが室内に充満していく。
部屋の構造上、ヒーロの部屋にもこの匂いは届くはず。
レイはそれを期待して多めにハンバーグを焼き続けるのであった。
「……レイ?」
ヒーロが部屋から顔を出した。
どうやら匂いを嗅いで、お腹が減っている事を自覚したようだ。
「ヒーロの好きなハンバーグ、もう出来ていますよ。冷める前に一緒に食べましょう」
レイはヒーロを励ますように満面の笑顔でヒーロに声を掛ける。
自分への気遣いを感じたヒーロはその優しさに思わず泣きたくなった。
涙が流れるのをこらえるが、レイがそっとヒーロを抱きしめると我慢できなくて涙がこぼれる。
「……助けられなかった」
ヒーロはレイに抱き締められ、背中を擦られながら、そう漏らす。
「人には限界があります……。それはダークでも同じですよ。でも、目の前の命を助けられた事は誇って下さい。あなたは自分が出来る事をやりましたよ」
「……ありがとう。そうだね……。チートなダークでも時間を遡る事はできないし、死んでいる人を生き返らせる事は出来ない。──自分に出来る事は、目の前の命を救う事。それを今後の目標にするよ……!」
ヒーロはレイの言葉を噛み締めるようにゆっくりと答えた。
「はい……! ──ほら、料理が冷めちゃいますよ。一緒に食べましょう」
レイはヒーロの手を引っ張ると椅子につかせる。
二人は笑顔を見せると、料理を頬張るのであった。
元気を取り戻したヒーロは魔法紙の仮面を装着するとダーク=ヒーロの姿になる。
同じく仮面を付け、同じ黒に緋色のラインが入った衣装に早着替えしたレイの手を取り、『瞬間移動』でまずはヤアンの村に赴く。
そこには、村の子供達に溶け込んで遊ぶ貧民窟の少年ゾロとリリアの姿があった。
「あ! ダークのおじちゃん!」
少年ゾロが広場に現れたダーク=ヒーロに気づいて、リリアの手を取って駆け付けて来る。
そして、改めて、お礼を言う。
「妹を助けてくれてありがとう! ──リリア、このおじちゃんがお前を助けてくれたんだぞ、お礼を言いな!」
少年ゾロは妹のリリアにダーク=ヒーロを紹介すると、感謝の言葉を促す。
「ダーク……、お兄ちゃん? 助けてくれてありがとう!」
七歳にして世渡り上手そうな一端を見せて感謝するリリア。
「怪我はないか? 体に不調があれば俺に言えよ。治してやるからな」
「うん!」
リリアは少年ゾロの妹というだけあって、その髪の色は同じく赤く長い。
目の色が、ゾロの赤に対して青色なのが特徴的だろう。
助けた時は薄汚れ髪もボサボサだったから気づかなかったが、とても愛らしく将来美人になりそうな顔立ちだ。
兄のゾロも髪を切ってもらってスッキリしたせいか見栄えがかなり良くなった。
これは美男美女兄妹だ。
くっ!羨ましい……!
ダーク=ヒーロ二人の容姿を内心で羨むのだったが、貧民窟で二人以外に家族がいない境遇となれば、苦労の方が多かっただろう。
そう考えると自分が不謹慎だったと反省する。
「二人はどうしたい? 元の生活に戻るか、それともここで暮らしたいか?」
「ここで暮らしていいのか? ダークおじちゃん……、俺、リリアと二人でいられるなら、ここが良い!」
「私もここが良い!」
二人はぱっとかわいい笑顔を見せると考える間もなく答えた。
「……よし、わかった。だが、働かぬ者食うべからずだ。この村で出来る事を見つけてみんなの役に立て。いいな?」
「「うん!」」
「あと、ゾロ。俺はお兄ちゃんだからな?」
ダーク=ヒーロは一点、それについてだけはしっかり釘を刺すのであった。
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