第12話 日中のお仕事

 夜が明け、ヒーロは夜のチートモードのテンションからモブモードのテンションに落ち着いてどっと疲れがでていた。


「やっぱり、夜は寝ないと辛い……!」


 ヒーロは自室のベッドでがっくりうなだれると、そう漏らした。


「……でも、これで冒険者ギルドに行かないと、生活費稼げないからなぁ……」


 ヒーロは溜息をつくと服を着替え、ダラダラと外出の準備をする。


 一時間しか寝れなかったヒーロの気分は最低のまま、冒険者ギルドに向かうのであった。



「どうしたんですか、ヒーロさん!?」


 美人受付嬢のルーデが顔色が悪く今にも倒れそうなフラフラのヒーロが受付に来たので驚いて思わず聞いた。


「……あ、昨日はあんまり寝れなくて……。ほら、しっかり寝ないと駄目なタイプの人っているじゃないですか? それが俺で……」


 ボーッとした状態で話を始めるヒーロに困惑するルーデであったが、ただの睡眠不足だという事は理解出来た。


「今日は帰って寝た方がいいんじゃないですか? 睡眠不足でクエストを受注して失敗したらお互い困りますし、信用問題もありますし……」


 受付嬢のルーデは冒険者ギルドと依頼主の関係性が壊れる事を危惧して、そうアドバイスした。


「……確かに。俺の信用問題になりますよね……」


 ヒーロもボーッとした頭で考えるとそう解釈する。


「わかりました! 今日は、一つだけクエストを受注してから家に帰ります!」


 ヒーロはそう言うと、掲示板にいくつかのGランクのクエストを戻すと、一枚だけ持って戻ってきた。


「……これ、大きな商会の荷物運びですが、大丈夫ですか?」


 ルーデはヒーロが魔法収納を持っている事を知らない為、このフラフラのヒーロに力仕事をさせて大丈夫だろうかと心配するのであった。


「これが一番楽なので」


 美人受付嬢ルーデに心配してもらえた事が少し嬉しかったヒーロはちょっと元気を取り戻して頷いた。


「……そうですか? ──わかりました。それでは、こちらのクエストを受け付けます」


 ルーデはそう答えると事務処理をして、ヒーロに受注書を渡す。


 ヒーロはそれを受け取ると、受注書をひらひらさせながら、ふらふらとした動きで冒険者ギルドを後にする。


「大丈夫かしら、ヒーロさん……。──あの人、依頼主からの評判はとても良いのだけど、あの状態だとさすがに迷惑かけそう……」


 受付嬢のルーデはGランク帯クエストで一番の評価を得ている変わり者のヒーロを少し心配するのであった。



 ヒーロにとって、この異世界での活力は美人受付嬢ルーデと少し話せる事と、依頼主からの評価や感謝であった。


 それ以外では夕飯に飲む生ぬるい一杯のお酒。


 ここ数日で特別な気分になれたのは、夜のチートモードでの人助けであったが、この睡眠不足による体調不良は頂けない。


 日中寝て、夜頑張ればいいじゃないかと言われそうだが、ヒーロにとって、真っ当な生活は大事である。


 元々、昼型人間だし、夜更かしは苦手であったから、ヒーロのイメージとして夜型人間は不健全だと思っていた。


 だから、日中の生活を大事にし、夜は趣味の範囲で人助けも出来ればなと考えている。


 それに、チート能力がどうしても反則な生き方に思えていた。


 魔王の呪いがあって、日中はチートの能力を発揮できないが、それは異世界転移前と変わらない事だったから違和感はない。


 だから夜のチートが特別だと考えると、日中こそ人として正しい生活が求められる気がした。


 幸い魔法収納という能力もあり、依頼主からの評価も高く、褒められる事も多い。


 それは転移前には経験出来なかった事であり、役に立つ為に前向きに成長出来ている満足感もある。


 以前より、気持ちの変化があったし、空き時間には筋トレも始めた。


 仕事は効率を考えて力仕事は魔法収納任せだが、いずれは魔法収納に頼らない仕事も出来るようになりたいのだ。


 それに、日中は無力なモブだから、少しでも力を付けて、自分の身くらいは守れるようになりたいという目標もある。


 ヒーロは十九歳だから、この世界では立派な成人だったが、非力な自分を脱却する為に色々な面で努力を重ねるのであった。



「兄ちゃんお疲れ! お陰であっという間に今日も荷物運び終わったよ。兄ちゃんがいれば、他の人間削減しても良い気がしてきたな。わははっ!」


 現場監督の男が、ヒーロの働きっぷりに満足して褒めてくれたが不穏な事も言う。


「それは駄目ですよ。俺以外の人も荷分け作業とかやってますし、俺のせいで仕事を失う事になられても困ります!」


「なんだ、その分報酬が多くなるんだぞ?」


「それでもです。俺は恨みを買ってまで沢山の報酬は貰いたくないです。そんなの命の危険しかないじゃないですか」


 ヒーロは恨まれて日中に命を狙われるリスクは避けたいし、何より自分のせいで不幸な人間が増える事は心情的に嫌だった。


 もちろん、チートモードで退治する悪者にも家族はいるだろうが、それは自業自得ではある。


 さすがにそこまでは責任は負えないが、日中は真っ当な生き方をしたいのは変わらない。


 夜に人助けをしてみて、その気持ちは特に強くなった気がする。


「はははっ! それなら仕方がないな。また、次回、依頼したら引き受けてくれれば助かるよ。じゃあ、完了のサインをするから受注書渡しな! ──よし、これで、いいな。また、よろしく!」


 現場責任者の男はヒーロから渡されていた受注書に完了のサインをするとヒーロに渡す。


「ありがとうございます!」


 ヒーロは朝の疲れた様子はどこへやら、感謝の言葉を聞けた事に満足すると、受注書を持って冒険者ギルドに戻るのであった。

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