第28話 本物の断罪
ディオゴ・デル・モルガドは、モルガド侯爵家の次男であり、アルフォンソ第二王子の側近を勤めている。
敵国メロヴィングの陸軍を率いるジュドー将軍が遂に隣国エスパンナの南下を果たし、今現在、ルシタニア王国との国境を越えようとしている。
ひと月をかけずして王都リジェまで到達するのは確実であり、運び込まれた無数の砲門が王都へ向けて火を噴くこととなるだろう。
今日、行われた王家主催の舞踏会は、メロヴィングへ向けてのパフォーマンスに過ぎない。
メロヴィングがルシタニアを侮っているのは間違いなく、王家は皇帝アレクサンドルに恭順の意を示すだろうと思い込んでいる節がある。王宮に潜り込んだスパイたちはアルフォンソの婚約破棄騒動を見て、侮蔑と嘲笑を浮かべているのに違いない。
メロヴィングとの開戦を前に公爵令嬢と婚約を破棄してフォルハス将軍を敵に回すなどと、想像以上にアホな王子だ、第一王子を亡くした女王が嘆き悲しむのも理解できる。もし、メロヴィングに対して叛意を翻したとしても、即座にルシタニアを侵略、制圧することが可能と考えるだろう。
メロヴィングがこちらを侮り切っている間に、王家は自国を捨ててコンドワナ大陸へ逃亡する事を決意した。これから王族、貴族、官僚、大商人など一万五千人の人民及び軍隊が大海を渡って逃亡する。貴族の義務など関係ない、民衆を捨てて新天地へ移住するのだ。
「ディオゴ!元気で!殿下の事を頼む!」
アルフォンソ王子の側近であるペドロは船には乗らない、自国に残る事を決意した。
「無理するなよ!王宮まで攻め込まれたらすぐに逃げるんだ!分かっているよな!」
戦地に友を残すだなんて、ディオゴはまるで体を引き千切られるような気分を味わった。
「私は大丈夫だ、フォルハス将軍も居るからな」
「俺はそれでも心配だよ」
「大丈夫だ」
ペドロは手を包み込むように握りしめると、
「絶対に国土を奴らには明け渡さない、殿下のやりたいと思う事は私がやると決めたのだ」
メガネが曇ったままにやりと笑った。
王家が船で出発する事となっているのだから、荷物の積み込みで周りの熱気がすごい事になっている。
「しばらく天気は安定すると聞いている」
ペドロは上空を見つめて、
「お前は王家の方々をお守りする事だけを考えてくれ」
そう言ってぎゅっと握りしめる手に力を込めた。
今日、舞踏会に参加した貴族の多くは、マリアルイーザ女王に不要と判断された貴族たちだ。
ルシタニア王国が戦地となるのは目に見えている為、自国から新天地への移住は半年以上前から推奨している事でもあったのだ。そこにまさか王家自らが乗っかるとは思いもしない事だろう。舞踏会場では王家の方針をどれほどの家が判断出来たかは分からないが、何が何やら分からず大騒ぎとなっている者も多いに違いない。
「この後、船の中で今後についてのお話し合いとかされるのかしら・・・」
何が何やら分からない人間がここにも一人。
舞踏会場で着ていたドレスそのままの姿で船へと乗り込んだベネディッタ・ボルボーンが呆然とした様子で問いかけてくると、
「シー、これから王家の方々がいらっしゃる所へ向かう事になっているからね」
ディオゴは口に指を当てながら静かにするように促した。
ピンクブロンドの髪の毛を色とりどりのリボンで可愛らしく結いあげたベネディッタは、天上の星のように宝石が散りばめた紺碧の絹生地に鮮やかな金の刺繍が施された美しいドレスを身にまとっている。
王家の色である碧玉と黄金をあしらったドレスはアルフォンソ王子がプレゼントしたもので、王子の色を物の見事に表現していた。
「このままの格好でも失礼になりませんでしょうか?」
「船での移動は急な話だったからね、誰もベネディッタの事を失礼とは思わないでしょう」
「だったら良いのですけど」
この船は王家の為に用意された船であり、船室の多くは大きな間仕切りで仕切られている。近衛兵に守られた船尾に近い船室はホールにもなっていて、中に置かれた彫琢の数々も高級なもので揃えられていた。
窓際に置かれたソファに女王や王配、王妹エマヌエラ様、アルフォンソ殿下が座っており、テーブルの上にはサンドイッチなどの軽食やチーズ、ワインなどが用意されている。
「ベネディッタ、急な事で悪かったね」
アルフォンソ殿下はそう言って立ち上がった。
「ルート通りに進めなくて悪かった。本来ならあの後、王宮で母上たちと話し合いをする予定だったのだろうが、俺はそうする事が気に食わなくてね、選択肢には絶対にない方向で自分の身の振り方を決めようと思ったのだよ」
「ルート?何を仰っているのですか?」
「ああ、そういうのはもういらないよ、ヒロインさん」
アルフォンソは金の髪をかきあげた。
「ナース無双だっけ?ナイチンゲール無双だっけ?戦争になったら使える人材だからって事で大目に見てきたけれど、最近、君が選んだ選択肢はかなりまずかったよね?兄を殺す必要性って君にあったのかな?」
アルフォンソの殺気が溢れかえるその姿を見上げて、ベネディッタは顔を青ざめさせた。
扉の前で警護についていた兵士のうちの一人がベネディッタの腕を掴みあげる。
「貴様がネハリタの毒を用意したのは調べがついている。お前の父親は見切りをつけたようで逃亡した、お前は捨てられたんだ」
「はあ?パパが私を捨てるわけがないじゃない!ってか、リカルド?なんでリカルドがこんなところに居るの?」
第二ヒロインがリカルドを選ばないと、リカルドはジョゼリアン王子の死の真相を探っている間に、敵国に暗殺される事になる。第一王子の葬儀後、リカルドは行方不明となっていた為、ベネディッタは死んだものと考えていたのだろう。
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