第16話 ライバルに会えない私
「ヴィトリアは王宮を不在にしているので」
アルフォンソ王子があっさりと答えると、
「また?」
ジョゼリアン王子とエマヌエラはお互い目と目を見合わせる。
「本当にあの娘ったら・・・」
エマヌエラがため息をつきながら首をかすかに横に振った。
「イーリャのところにでも行ったのかしら?」
「いえ、そちらではないかと思います」
「それじゃあ・・・まさか・・・」
そのままエマヌエラ様は黙り込んでしまったけれど、まさかって何なの?まさかの逢引き?浮気とか?ベネディッタがチラリと隣に立つアルフォンソの顔を見上げても、表情は何も変わらない。
「これは将軍に確認してみなければならないな」
ジョゼリアン王子までため息混じりにそう言うと、
「アルフォンソ、私たちは気分転換をしに出かけようと思っているのだが、お前も行くか?」
気を取り直した様子で問いかけた。
「私たちはこれから湖にピクニックに行くの、良かったらあなたもどう?」
「え?私ですか?」
突然声をかけられたベネディッタは、キョトンとした表情を浮かべると、
「いえ、片付けなければならない仕事がありますので」
あっさりとアルフォンソが断っている。
「だったらアルフォンソ一人で仕事をこなしていたらいいじゃない?あなたは私たちとピクニックしたいわよねえ?」
はい!行きたいです!って言いたい!
「ですから、アルジェイーナ関連の仕事にはクルアム語が堪能な彼女の力が必要なので」
「つまらない男だなあ」
本当、アルフォンソってつまらないっていうか、生真面目な男なのよ。
「それじゃあ仕方がないわね」
エマヌエラは残念そうに形の良い眉をハの字に下げると、
「それじゃあ、お仕事頑張ってちょうだい」
と言い残して、お付きの者をぞろぞろ連れながら去って行ってしまった。
「ペドロ、将軍にヴィトリアの事を伝えておいてくれ」
ベネディッタが名残惜しみながら見送っていると、アルフォンソに言いつけられたペドロが颯爽と何処かに向かって行ってしまう。将軍っていうとアルフォンソの婚約者であるヴィトリアの父、ミゲル・デル・フォルハス将軍の事よねえ。
「さあ、ボルボーン嬢」
気を取り直した様子でエスコートする為に腕を差し出したアルフォンソが口元に微笑を浮かべる。本当、顔形が完璧な王子なのよ。
ベネディッタは彼の肘に手を置くと、
「私、アルフォンソ様の婚約者であるヴィトリア様にお会いした事がありませんわ」
思わずという感じでつぶやいた。
ヴィトリア・デル・フォルハスはベネディッタと同じ15歳になったはず、アルフォンソ王子は3歳年上なので18歳。
ジョゼリアン殿下があんな調子で21歳になっても叔母に夢中で結婚もせずという状態のため、周りの重鎮たちは婚約者がいるアルフォンソに早く結婚をして欲しいらしい。
アルフォンソには十三歳の時に婚約したヴィトリア嬢がいるけれど、彼女はゲームの中では完全なる悪役令嬢で、幼い時に虐待を受けたり、家から隔離されていたりことから承認欲求の塊となっている。常に誰かに認められたいという、承認欲求の塊となっている、暴走する当て馬キャラなのだ。
ヴィトリアの父親は誰だか分からないから私生児という扱いになっているし、血の繋がらない兄妹関係だったフォルハス将軍が父親じゃないかとも言われている。フォルハス家に養女としなっているので、正真正銘の公爵令嬢ではあるのだが、王家に嫁ぐとなれば、血筋があやふや過ぎるとも言われていた。
アルフォンソの婚約者には適さないっていう意見も多いし、血筋の確かなラムエスブルグ皇家の血筋をくむ姫君を娶る方向で話を進めようという人も多い。十歳の時に王宮に保護されたというヴィトリアの事をベアトリスなりに調べてはみたものの、謎に包まれている令嬢なのだ。
ヒロインであるベネディッタが王宮に出仕している段階で、嫌がらせの三つや四つや五つはされていても問題ないのに、肝心の悪役令嬢が現れない。王宮の中では、ヴィトリアは幻の姫と言われるほど姿を現さないと言われている。
「どうして私はヴィトリア様にお会い出来ないのでしょう」
「ヴィトリアに会いたいのか?」
アルフォンソはちょっと驚いた様子で見下ろした。
「私がヴィトリア様にお会いしたいと思うのは変ですか?」
ヒロインが悪役令嬢に会いたいなんて言うのは変かもしれないけれど、これだけ王宮に出仕しているのにエンカウントゼロって、まさか悪役令嬢も前世の記憶持ちなのではないかと考えると、ベネディッタの心の中に不安の影が広がっていく。
「変ではないが・・・いや、変ではないのか?」
自分に恋していると思われる女がライバルに会いたいと思うのはおかしい?それとも、たかがクルアム語の教師が自分の婚約者に会いたいなんて言い出す事自体がおかしいと思った?
実際に、アルフォンソと交流を持つようになって、ベネディッタは特別扱いをされているという自覚はあるものの、そこに王子からの溺れるような愛情は感じられていなかった。ゲームの中ではもっと仲が良かったようにも思うけれど、嫌がらせをする悪役令嬢が登場しないから、刺激が今ひとつ足りないだけなのか。
アルフォンソがどんな事を考えているのかはわからないけれど、
「まあ、いずれは会えるだろう」
そう答えて、彼は歩き出したのだった。
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