第15話  私はメインヒロイン

「ボルボーン男爵令嬢、少し話を聞かせてもらえたら嬉しいのだが」

「まあ!アルフォンソ様」


 ルシタニアの王族は黄金に輝く髪の毛と碧玉の瞳が特徴的で、王家の血が濃ければ濃いほど、その色合いは深みを増すと言われている。


 中性的な顔立ちをしたジョゼリアン王子と比べると、鼻筋も通って凛々しい顔立ちをしたアルフォンソは男性的で、士官学校に通った第一王子よりも体付きは逞しく、アルフォンソの方が軍人寄りというようにも見えた。


「アルジェイーナとの交易に必要な書類を用意しているのだが、いかにも難しくて」

「クルアム語は全く文書形態が違いますから、殿下がお困りになるのも頷けます。クルアム語が得意な文官にお任せになった方がよろしいのではございませんか?」

「いや、自分に任された仕事なのだから、他人任せにはしたくないのだ」


 はにかむような笑顔が素晴らしい。

 ああ、さすがメイン攻略対象者だわ。

 見ているだけで眼福よ。


「私でお力になれるのであれば」

「頼む」

 王宮の渡り廊下の途中でお互い笑い合うと、殿下の側近であるペドロ・デル・カルバーリョが咳払いを一つした。


「それではご案内いたします」

「ボルボーン男爵令嬢、エスコートさせて頂いても?」

 王子の笑顔が眩しくて素敵です。

「あの、ベネディッタと呼んでいただいても構わないのですが?」

「・・・それは・・そのうちに・・・」

あら、照れた?王子、照れちゃったかしら?


ふふふはっはははは、ヒロインの上目遣いからの名前呼びおねだりはキュンとするわよね?ねえ!キュンとしちゃうわよねえ!


「それでは行きましょうか」

 クールな眼鏡キャラのペドロがくるりと回れ右をして廊下を歩き出す。シナリオ通りクルアム語を勉強しておいて良かった!こんなマイナー言語、やる必要ある?って思ったけど、本当に勉強しておいて良かった!


 心の中でスキップ状態になりながら、おすまし顔で王子にエスコートされるベネディッタ・ボルボーンには前世の記憶がある。


 ベネディッタが、この世界が、生前夢中になっていたゲームの世界だと気が付いたのは6歳の時の事。アルジェイーナに向かう為に乗船していた交易船で、よろけて柱に頭をぶつけた衝撃で思い出したのだった。


 ヒロインには複数のルートが存在するのだが、ベネディッタが目指すのは王子妃ルート。メイン攻略対象者であるアルフォンソ王子を次の王へとのしあげて、ランプの聖女と人々に称えられるルートを目指す予定でいるのだ。


 このルートは戦争に参加しなくてはいけないし、後方支援をしなくてはいけないし、なんならナイチンゲール無双しなくちゃいけなくなる。色々と面倒くさいルートだけれど、ゲームを買ったらまずはメインルートの攻略から始めるものだもの。


 面倒くさいのが大嫌いなベネディッタは、最短ルートで攻略を進めたいと考えていた。


 メロヴィングの皇帝、アレクサンドル・ボアルネは、ヨーロニア制覇を目論んでいる。

戦争パートではこの皇帝とぶつかり合いの戦いをする事になるのだが、この戦争パートの中で一番時間がかからず、攻略が簡単になるルートがある。


 どういうルートかといえば、メロヴィングへの恭順ルートというもので、一回、二回は物語上ぶつかり合わなくちゃいけないものの、そこで皇帝アレクサンドルと分り合い、認めてもらう事によってルシタニア王国を存続させる。ゲーム上ではズバッとは表現してなかったですけど、属国化することになるわけだ。


 戦いが少ないという事は被害を被る人の数も少ないわけで、そうなったらナイチンゲールとなって看護に勤しむ時間もぎゅうっと減ることになる。


 このルートに進むためには第一王子であるジョゼリアンを廃嫡させなくちゃならないけれど、それについては、すでに手筈は整えている。ベアトリスは自分の父に前世の記憶については説明をしているため、こちらの都合が良いように、積極的に動いてくれるのだ。 


「兄上」


 廊下の向こうから歩いて来たのはジョゼリアン第一王子であり、実の叔母である王妹エマヌエラをエスコートしている。


 21歳になる殿下は未だに婚約者もつくらず、31歳のエマヌエラと結婚したい!なんてバカみたいな発言を繰り返している。実の叔母と結婚だなんて、前世の記憶持ちのベネディッタとしては、全く理解出来ない事なのだ。


「アルフォンソか、これから勉強か?」


 王族を前に恭しく辞儀をするベネディッタの姿をチラリと見ながら殿下が問いかける。

「アルジェイーナ関連の仕事で少し行き詰まっていまして、ボルボーン令嬢の力をお借りしようかと考えているところです」

「アルジェイーナ関連か!」

 ジョゼリアン王子がハッと鼻で笑うと、隣に立つエマヌエラが艶美な微笑を浮かべて、

「ヴィトリアはどうしたのです?」

と、問いかける。


「あの子も仕事を手伝っていると聞いていましたが?」

 王族の特徴とも言うべき黄金の髪と碧玉の瞳を持つエマヌエラは物凄い美人だけれど、ベネディッタとしては、ただの年増のおばさんにしか見えないのだ。

アルフォンソの婚約者であるヴィトリア贔屓だし、ベネディッタとは相容れないという感じなのだ。

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