第14話  奥様は追放処分

 ルシタニアの高位の貴族の中では最近出来た不文律がある。

中に肖像画が入れられたロケットタイプのペンダントを持つ子供を見つけた際にはすぐに保護、王家に報告、適切な対応を行う事。言葉には決して出す事の出来ない約束事。


「イザベルはヴィトリアに対して適切ではない対応を行なった。それも酷く残酷で見るに堪えない所業であったと判断される。従ってイザベルと常に共にあった侍女頭のナヤラもまた全ての物を剥奪され、マデルナ島へ流される。信仰に厚い二人であるからして、島では布教と信者獲得に努めるようにという事を王家より仰せつかった」


 そりゃそうだろう。

 肖像画入りの銀のペンダントは、ブリタンニアにとって重要な証し。

 今、この時点で、ブリタンニア王国の心象を悪くしても何も良い事など無いのは間違いにないこと。


 公爵家の執事であるアンドレは、思わず拳を握りしめると、歓喜の言葉を漏らしてしまった。


「やりゃあがったな!イザベルの野郎!侍女頭のナヤラ共々ざまあ!ざまあだぜ!何が公爵夫人だ!内政の専門家だ!宗教狂いが遂に、布教のために巡礼の旅に出発か!二人揃って頑張ってコリント教を広めてくるがいいわ!ガハハッハハハ!」


「アンドレ、執事の品格のひの字すら消えているぞ」

「ゔ・・その・・・申し訳ありません、旦那様」


 一つ咳払いをすると、アンドレは優雅に辞儀をした。

親友の妻が離縁されたというのに、喜び過ぎたというのは自覚はあるらしい。


「それでは旦那様、私に一つ提案があるのですが」

「なんだ?」

「奥様が足繁く通われるカマラ聖教会にミカエルという名の若い聖人がいるのですが、その聖人も一緒に島流しにした方が宜しいかと」

「聖人と?」


「教会への慈善行為は貴族の夫人の義務とも言うべき事ではありますが、奥様は明らかに教会へ傾倒しすぎでございました。それから世の御婦人方の間では、奥様とかの聖人との仲は正常なものでは無かったのではないかと、疑問に思われる声も多数」

「妻は不貞を働いていたという事か?」


 公爵家当主であるミゲルの怒りの炎がオーラとなって燃えるのを眺めながら、

「いいえ、そのような関係にはないと私は判断するのですが」

耳穴をほじくりながらアンドレは言い出した。


「かの聖人、数多の孤児院を管轄下に置いているのですが、見目麗しい子供の奉公先を遠方の貴族の侍従、侍女へなどと表向きでは言っているのですが、こっそり奴隷として販売しているようでして」

「そうか・・・」

 公爵家の当主はこういった話が好きでない、ムスッとして下を俯いてしまう。


「奥様がお嬢様を虐待して島流しになった、などという話が少しでも外に漏れればフォルハス家もおしまいとなりましょう?でしたら、奥様は旦那様不在の際の寂しさに身を持て余し、かの聖人様を愛するようになってしまった。この度、宣教のためマデルナへと向かう事となった聖人様を追い、家族も子供も捨てて飛び出した。そんな物語が世に出回れば、75日を過ぎても王都を沸かせ続ける事でしょう」


「ふむ、そうだな。そういう事であればあちら側も何も言い出す事もあるまい」


 イザベル夫人の実家は敬虔な信者の集まりのため、不倫相手が聖人では何も言い出す事など出来ないだろう。


「その聖人とやらは島について早々、殺しても構わないか?」

 奥様の不貞への疑いから、ではなく、幼い子供を売りに出したという所業がどうしても許せないらしい。


「ご随意のままに」

 アンドレがそう答えて辞儀をすると、

「それからもう一つ、アンドレには言わなければならない事がある」

と言って公爵は顔をくちゃくちゃにした。

「すでに私の後妻は決まっている、シルヴァ伯爵家に出戻っていたイーリャという名前の令嬢だ」

「まあ、左様ですか」

 それはラッキーだなとアンドレは思う。

「才女として有名な方ではございませんか」


 イーリャ・デル・シルヴァ嬢は女性で初めて、リジェ王立学園を首席で卒業した才女である。飴色の髪に、百合の花のように清楚で典雅な美人であり、王宮へ文官としての起用も囁かれるような人物でもあったのだ。


 結局、公爵は馬鹿みたいに、新しい妻を愛することはないとか何とか言っていたものの、イザベルよりもよっぽど旦那様の好みのど真ん中。


しかも十歳も年下、年若い淑女を前にして羨ましいなんて言いません、言いませんとも。


 執事のアンドレにとって、新しい公爵家の夫人はなんというか、物凄く変わった方というか、天才とは得てしてそういうものなのか。


 そんな変わった奥様が、突然現れたヴィトリアお嬢様によく似た少女を目の前にして、

「え?ヒロイン?現れるの遅くない?」

と、言い出したのには、アンドレは驚を隠せずにいた。言っている意味が全くわからないからだ。


「奥様?」

「ちょっと混乱して・・」

「私も混乱しております」


 とにかく、目の前には男装した少女が銀色のペンダントを携えて座っているのです。

 彼女の素性を改めなければなりません。

 それから王宮に報告して、適切な対応をしなければ、公爵家全員がマデルナ島に島流しにされるかもしれないのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る