第13話  公爵家の執事は困惑する

 私の名前はアンドレ・デル・アルメイダ、男爵家の三男に生まれました。


家も継げないですし、長男が何かあった場合のストックにもならない貴族の三男などは、裕福な平民の家へ婿入りするか、子爵位あたりの見るからに冴えない令嬢に目をつけて玉の輿を狙うか、もしくは軍に入隊する位しかやる事がありません。


 両親は私に働きに出て貰いたかったのでしょうけど、そこは頭を下げて頼み込み、無事に陸軍士官学校に入学することが出来ました。


全寮制となるため、手続き後、与えられた二人部屋に向かったのですが、私が与えられた部屋には、大きな体を窮屈そうに縮めた青年が一人、二段ベッドの下段に腰を下ろしていました。それがミゲル・デル・フォルハス、生涯の上司となる男です。


 ミゲルとはどの部隊にも一緒に配属された為、腐れ縁のようなものを感じていたし、爵位の差はあれども親友のような間柄だと、心の中では自負していました。

 ミゲルの副官として十年働いたところで足に大怪我を負ってしまった為、軍への復帰は不可能だと判断されました。

 そんな時にミゲルが、

「うちに来て執事の真似事でもしてみないか?」

そんな事を言い出しました。


 元々戦闘よりも周囲との折衝や人員の配置、輜重の差配などで手腕を振るう方が得意だった為、家の中の事でもそれなりにやれるだろうと判断し、私はミゲルの所で働く事を決意したわけです。


 ミゲルがいわゆる脳筋だという事はフォルハス家の親族も十分に理解していたようで、領地経営に関してはミゲルの従兄へ任せきりにして、王都リジェにある公爵邸の家政については真面目なゆえにそつなくこなすだろうと判断されたミゲルの妻、イザベルが全てを任されていたようです。


 フォルハス一族としては当主であるミゲルに軍部の中で大いに活躍して貰いたいと考えていたようですし、その気持ちに答える形でミゲルも活躍を続け、遂に将軍職の位についたわけです。


 私はミゲルが将軍職を賜るほどの勝利を収めることとなった戦いで大怪我を負い、軍を引退する事になったわけです。勧誘を受けてフォルハス家へと赴く事となったわけですが、着任早々、開いた口が塞がらない事態となりました。


 王都にある公爵邸はお城かな?と思うほどの大きな邸宅であった為、働く人間もかなり多いです。出入りする人間も相当多いです、そして悪巧みする人間も想像以上に多かったのです。


 家政を取り仕切る予定だったイザベルは、産んだ3人の息子は乳母任せ、自分の子供の相手をするのは気が向いた時に戯れる程度。彼女は常に家を不在にして、何処に出かけているのかというと、友達とのお茶会でもなく、宝石やドレスを買いに行くでもない。


毎日、毎日、足繁く教会に通い、祈りを捧げ、貧窮院や孤児院を回って慈善活動に勤しんでいました。主人は完全なる脳筋で、帰ってきても鍛錬と称して庭で剣を振り回し、帳簿の一つを見るのもいつも後回し。


妻は妻で、頭の中には信仰と神の慈愛とやらばかりで、現実的な物には目もくれない。そんな主人夫婦しかいない邸宅の筆頭執事がギャンブルに走れば、その後の事は述べるまでもないでしょう。横領、着服、賄賂、職務放棄に走る者が数え切れないほど目に付く始末。


 私はただの執事ですが、長年公爵家当主であるミゲルの副官を務めていたのです。ですから、その権限を最大限に使い、筆頭執事を横領の証拠付きで憲兵に突き出し、筆頭執事の子分、手下、甘い汁を吸っていた数々の業者を切って捨て、大きく傾きかけていたフォルハス家を正常な位置へと正しく戻す事に集中致しました。


 それはそれは、長く苦しい戦いだったと思います。

 そうして、ようやく一連の騒動に決着がつきそうだった頃に、

「アンドレ・・・ヴィトリアが王宮に保護された・・・」

bと言いながら、主人となるミゲルが執務室に倒れ込むようにして入ってきたのです。


「ヴィトリア?」


 ヴィトリア、ヴィトリア、ヴィトリアといえば、ミゲルの義理の妹であるエレーナ様の残された遺児であり、今はフォルハス家で面倒を見ているはずです。なんでも体が弱くて、感染症を恐れて離れの屋敷の方で暮らしているとかなんとか。


「三年もの間、イザベルはヴィトリアを物置に押し込めて監禁し、食事も満足なものも与えず、暴力を奮い続けていたようだ」

「はあ?」

 今の言葉は私の理解の範疇を超えました。


「あの子の部屋に置かれた水差しを見たら泥水だった、あの子はあんなものを毎日飲んでいたのかと思うと・・・」


 泥水だって?

 私の怒りが煮えたぎるマグマよりも熱くなったのは言うまでもありません。

 何せこの公爵家の夫人についてはですね、言いたいことは山ほどあったわけですよ。


「あの野郎・・・社交は最低限も最低限、満足に公爵夫人としての役割も果たさず自分の子供でさえも放置、毎日、毎日、教会に足を運んでやれ子供たちに絵本を与えろだ、満足な飯をだ、清潔な衣服を与えろだとか言いやがって!チャリティ、チャリティ、チャリティ!こっちの足を引っ張る事ばかりやってやがるくせに、じぶん家では虐待だと?」


「アンドレ?」

「ハッ!子供は宝だとか常日頃抜かしやがってる癖しやがって鬼畜生にも劣ることをやり続けていたって事だよな!」

「つまりはそういう事になるが、妻と私は離縁する事となる」

「マジかよ!」

ヒャッホー!遂にあの偽善者ぶったクソ夫人とおさばらかよ!


「宝石やらドレスやら買って買って買いまくるご婦人よかよっぽどマシだとか良く言われるけどな、同じ額だけ横領と着服で消えていったら結果は同じだと思うんだよ!とにかくやった!離婚か!それで?実家に戻される事になるのか?」


「マデルナ島へ行く事となる」

「はあ?マデルナ?またなんでそんなクソ遠い世界の果てにあるみてえな島へ島流しになったんだ?」

「ヴィトリアは銀のペンダントの持ち主だぞ」


 あららら〜、確かに、お嬢様は銀のペンダントの持ち主でしたよね!


      

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