第55話 悪役令嬢の影あり
予言の聖女とも言われたベネディッタ・ボルボーンは、ルシタニア王国第一王子となるジョゼリアン・フォス・ルシタニアが王位継承権を失えば、簡単にルシタニア王国を手に入れる事が出来ると断言した。
「ここはいわゆる私が中心となって進んでいく物語の世界のようなものなのよ」
ピンクブロンドの髪の毛を指先にクルクルと巻きつけながら、ベネディッタ嬢は、とても正常とは思えない発言を続けた。
「サブヒロインのベアトリスがメロヴィングの皇帝の弟と結婚して王位につき、ヒロインの私と第二王子のアルフォンソが二人を支えていく事になるの。そうしたら、ブリタンニア王家の血筋をひく姫がルシタニア王国を治める事となるのだから、ブリタンニア王国の上層部はメロヴィングとの融和路線へ切り替える事になるの。世界がいち早く平和を取り戻すには、このパターンが最短のルートになるのよ」
ベネディッタ嬢が言うところの最短ルートとやらは、メロヴィングにとって都合が良いものであった為、そのルートを進むべく、取捨選択を行っていく。
「今のところ全てがうまく行っていると思うんだけど、懸念事項を一つ挙げるとすると悪役令嬢の動きよね」
可愛らしい顔を不服そうに歪めると、
「本来だったらアルフォンソ殿下にちょっかい出している私に対して、イジメの一つや二つや三つは行っているはずなのに、存在自体が見えて来ない。フォルハス公爵邸にすらほとんど顔を出さないらしいのよ。まさか悪役令嬢も転生者だった、なんてオチじゃないわよね?」
爪を噛みながら苛立ちを露わにする。
「確かその悪役令嬢とやらは、恋仲になっていくヒロイン二人の邪魔をひたすらやるとか、取り巻きを使って意地悪をするとか、頭の悪そうなくだらない人間だとか言っていなかったか?」
「コーランクール様も、フォルハス公爵令嬢に会った事はないのですよね?」
ルシタニア王国を内側から崩すために、何年も前から王家の内部を探ってきてはいたものの、アルフォンソ殿下の婚約者という人物は名前を知っているだけで、実際に見た事は一度もない。
「私の予言がはずれ出したら、悪役令嬢が関わっているのかもしれません。とっ捕まえて、調べてみた方が宜しいかと思います」
「とっ捕まえて、調べてみるのか?」
頭の悪そうな公爵令嬢を捕まえて調べてみても、何も出てこないように思えるのだが。
「予言通りに行かない、話がうまく進んでいかない、そんな時には悪役令嬢の影ありですわ。悪役令嬢が暗躍してヒロインが陥れられるなんて物語は山ほどあるのですから」
コーランクール自身は、そんな内容の物語など聞いたことも見たこともないのだが、自称『ヒロイン』であるベネディッタ嬢は胸を張り、自信満々で答えていた。
そんな悪役令嬢と思われる令嬢が、最高級のオート・クチュールで揃えた菫色のデイドレスに身を包んで引きずられるようにして甲板の上を歩いていた。
ヴィトリア・デル・フォルハス、十六歳、公爵家の令嬢であった母とブリタンニア王国第六皇子ジョアン・フォス・ブリタンニアを父に持ち、現在、ミゲル・デル・フォルハスの養女として公爵家に籍を置く。
幼少期に継母であるイザベルに虐待を受け、十歳の時に王宮にて保護、この時、アルフォンソ第二皇子の婚約者となる。王宮ですら姿を見せる事がほとんどない、幻姫とも呼ばれる公爵令嬢は、ヒロインとやらの絡みに一切関わっていなかった。
王都リジェ郊外の邸宅で、異母妹との入れ替わりが行われた際も、大した抵抗も見せずに人買いの男達に連れて行かれていた。後に行方不明となったが、その後の足取りは掴めず、入れ替わりを果たしたベアトリスの前にも一度として姿を現してはいない。
「おい!待て!そこの女!」
コーランクールが追いかけている最中にも、悪役令嬢は暴れ、一緒について歩いていた女はヒステリックに泣き叫び、暴れる令嬢を押さえつけていた黒髪の男が何度か殴りつけ、床に転がったところで蹴りを入れている。
「暴れて逃げられると思ったのか!馬鹿が!お前はこれからアルジェイーナに行くしかねえんだよ!」
令嬢を押さえつける男の事は知っている、奴隷商マルコの手下で運び屋を自称する男だ。
「ピオーリョ!馬鹿が!商品に傷をつけてんじゃねえぞ!」
「傷なんかつけていやしませんよ」
ピオーリョは暴れる令嬢を羽交い締めにしながら、
「俺が商品を大切にするのは知っているでしょ?」
と、答えてにやりと笑う。
「きゃー〜っ!いやー〜っ!」
ヒステリックに泣き叫ぶもう一人の令嬢を、ピオーリョの弟ケイショが担ぎ上げると、
「大丈夫だよ、大丈夫だよ、アルジェイーナは天国みたいな場所なんだから、心配しないでもいいんだよ」
と言って、優しく背中を撫でている。
「その女の顔を見せてみろ」
コーランクールがそう言うと、ピオーリョは月明かりに照らしだすようにして令嬢の顔を向けてきた。
琥珀色の瞳、金混じりのハニーブラウンの髪は王家の特徴を捉えている。ジョアン皇子よりも母親の方に似たのだろう、まつ毛の長い大きな瞳は一瞬、コーランクールの顔を捉えると、
「いやー〜っ!」
脳天から響き渡るような悲鳴をあげた。
思わず自分の耳を塞いだマルコが呆れ果てた様子で、
「取引の邪魔になる!さっさと連れて行け!」
そう言うと、追っ払うように手を振って見せた。
「わかりました、他の女たちと一緒に入れておきます」
暴れる令嬢を押さえ付けながらピオーリョが言うので、
「いや、その女は別室に隔離しておいてくれ」
と、コーランクールは言った。
「個人的な話をしたいと思っていたんだ」
『自分のストーリーが思い通りに進まず、脱線していく場合には、悪役令嬢が暗躍しているパターンが多いのよ』と言う、ベネディッタが言っていた言葉が脳裏を蘇る。
異物、危険、危ない、注意しろ、頭の中で警告めいた言葉が流れていく中で、小娘に何が出来る、怯えて暴れているじゃないか、この状態で何が出来る、アルジェイーナに連れて行かれるより他に、方法はないじゃないか。そんな文言で上書きされていく。
「わかりました、コーランクール様のおっしゃる通りに致します」
ピオーリョはそう言ってペコリと頭を下げると、もう一人の令嬢を担ぎ上げたままの弟を連れていく。
「時間を置けば女も少しは落ち着くでしょう」
ボルボーン男爵は揉み手をしながらこちらを見上げてきた。
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