第62話 私は悪役令嬢
「やっぱり水泳は習っておいた方が良いと思うのよ?だって、川で溺れたり、海で溺れたりしても泳げれば助かるわけでしょう?」
母はそう言って、小学一年生の私をスイミングスクールへと連れて行った。
小学5・6年生の時には地区大会にも出場したし、中学校でも部活は水泳部を選択して、女の子の割にはやけに肩幅が広い体型に成長してしまったのだった。
高校生の時には、周りの女の子と比べてかなり広い自分の肩幅にコンプレックスを抱くようになっていたので、水泳部への入部はやめた。
「柔道を習っておいた方が良いと思うのよ?だって、痴漢にあった時に撃退する事が出来るじゃない?」
という母の意見により、小学生の時から柔道教室に通っていたので、経験のある柔道部に入る事にした。
クラスの中でも可愛い子たちは彼氏やら恋人やら、恋人じゃないけど友達としては仲の良い男の子やらと楽しく遊んでいる中で、
「今度のインターハイ、絶対に負けるなよな!」
と言われるほど、私は柔道三昧の青春を送っていた。
インターハイに出場するくらいだから、柔道、柔道、毎日柔道で恋人なんか出来るわけもなく、それどころか、私とお付き合いしたいなんて危篤な人間が現れるわけもなく、そうこうしている間に、30を過ぎて誰かと付き合った事もなく、死んじゃったんだよね。
いわゆる喪女という冠がつく私の人生において、唯一の楽しみといえば、イケてる男子を次々と攻略していく乙女ゲーム。
乙女ゲームといえば、王子やら宰相の息子やら、騎士団長の息子やら、大商人の息子やらが出てきて、ヒロインをめぐっての『俺を見て!』『俺を見て!』パレードが開催されるわけだけど、そんな中で当て馬としてスパイスを加えるのが悪役令嬢というもの。
大概、舞踏会で婚約破棄を言い渡されて、破滅の道を歩んでいく事になるんだよね。
テンプレ化したその物語を様々にアレンジした異世界転生ものが流行となっていたけど、実際に悪役令嬢に転生を果たした私としては、
「どうせ悪役令嬢に転生するなら、ストーリー上敵対関係となる攻略対象者がヤンデレ気質になる程、悪役令嬢に夢中になって恋焦がれていく物語が良かったわよ〜―!」
と、叫びたい。
コーランクールが言う通り、自分の悪役ポジを再確認したヴィオは、今の自分の立ち位置について不安と焦燥に駆られていた。
「はあっ・・はあっ・・はあっ・・・はあっ・・・」
月明かりも差し込まない、雑草に囲まれた浜辺へと泳いで辿り着くと、雑草の中に飛び込んで、うわーっと大泣きを始めていた。もう、色々と我慢が出来なくなっていたのだ。
「ジョゼ兄・・ジョゼ兄・・助けてよお・・・・」
最短ルートを選べば、第一王子であるジョゼリアン殿下は殺されるか、廃人となって、王位継承権を剥奪される事となる。そうなれば、ルシタニア王国はメロヴィングの属国一択となり、戦争は手短に終える事は出来ても、国民はメロヴィングの隷属として扱われる事になる。
「例え僕が死んだとしても、絶対に最短ルートとやらは選んで欲しくない」
ジョゼリアン王子は言っていた。
「最短ルートでは、メロヴィングが苦もなくヨーロニア大陸を制圧し、ブリタンニアまで支配下に治める事になるって言うけど、僕は決してそうはならないと思うんだ」
ジョゼリアン王子はいつもの執務室で、書類に目を落としながら、
「太古のローニア帝国じゃあるまいし、海を渡った島まで征服するなんて現実的じゃない。ブリタンニアの国民性がそれを許すわけがないし、王家のプライドが許さないよ」
と言うと、ヴィオを見上げた。
「最近のブリタンニアはメロヴィングが用意も出来ないような武器の製造にも成功している。最近のブリタンニア陸軍のライフル連隊が使用するライフル銃を見たか?あれの大量生産が可能となったんだから、ブリタンニアは落ちないよ」
確かに、ホワイトチャペルで高名なエゼキエル・ベイカー製造のベイカー銃が大量生産可能となって久しく、他国でも高値で取引される代物だ。
現在エスパンナへ、メロヴィングに対抗する為の武器として大量のベイカー銃が運び込まれているのだが、そこにアルジェイーナとメロヴィングが目を付けた理由も良くわかる。
「ヴィトリア、最短ルートを選択しないのは君じゃない、あくまで王家の判断だよ。この判断の結果、我々はメロヴィングに恭順せず、戦うことを選ぶ事になる。だけど、それは君が選んだ事じゃない、父上、母上、弟のアルフォンソも含めた僕ら家族総意だよ」
ジョゼリアン王子は研ぎ澄まされたような眼差しでヴィオを見つめながら、
「君達は僕らに協力をしてくれているだけで、下した判断一つ一つに責任を負う必要なんて全くないんだ。責任は僕らが取る。ヨーロニア貴族達に悪様に罵られようが、例え、国民から非難を受けようが、それを甘んじて受けるのは君じゃない、僕らなんだ」
そう言って立ち上がると、短くなったヴィオの髪の毛をかき回すようにして撫でながら、
「だから、君は僕らを信じてついてきてくれるだけでいいんだよ」
と言ったのだ。
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