第105話  抵抗の果てに

「ペリグリン様、私が変わりましょうか?」


 城壁に背を預けてうとうとしていると、アンドレ・アルメイダが声をかけて来た。


「いや、いいよ、大丈夫です」


 ペリグリンは毛布にくるまったヴィオ・アバッシオ改め、ヴィトリア・デル・フォルハスの体を抱え直しながら、

「人の体温で温めると良く眠れるようだから」

と言って、彼女の頭の上に自分の頬を置いた。


 一応、相手は公爵令嬢、ペリグリンは身分的には子爵家の三男だ。


 こんな対応が許される身分では到底ないのだが、アンドレはため息を吐き出すと、

「お嬢様が眠れているのなら、私からは何も言いません」

呟くように言った。


「ボンパル侯爵領にあるカピトーリオ渓谷は爆破して封鎖しておきました」


「そうですか」


「エスパンナに居るフッカム大使は更迭となりましたが、ムーア将軍はエスパンナ北部への進軍を開始。王都マデルノの手前で皇帝と衝突をし、敵の誘導に従うような形でピエルト山脈方面への後退を開始しました」


「そうですか」


 ペリグリンはヴィトリアの髪に顔を埋めながら、自分の目を閉じた。

 ムーア将軍は止まらず、ついに皇帝率いるメロヴィング軍との衝突を開始した。


 北まで上がってしまえば、あとは逃げ道は山しかない。これが春であれば、夏であれば、まだ秋であれば、山を越えて海方面へと逃げる事も出来るだろう。海岸線まで逃げれば船で回収できる。


 だが、今は冬だ。標高の高い山脈はすでに雪で覆われている。


「こちらの処理の方は我々の方でしますので、ペリグリン様はお嬢様と共に王都へ、そこでフォルハス将軍と今後について方針を決められたらとの事なのですが」


「構いません、ルシタニアの王都リジェへ向かいます」


 ブリタンニアの精鋭がこれで潰れた。

 祖国がどういった反応をするのか、情報を集めていかなければならない。



     ◇◇◇



「ギャスパーの軍が全滅?」


 皇帝の懐刀を自負するコーランクールは、部下の報告に激昂し、大理石で出来た豪奢な小円卓を蹴り飛ばした。

 飛び跳ねる紅茶の液体や壊れた茶器など気にもせずに踏み潰した。


「相手はたった千にも満たない憲兵のかき集めだっただろうに?何故、五倍の兵力で全滅することになったんだ?」


「ボンパル侯の部下に離反者が出たようです。それに、王都からルイス・デル・フォルハス率いる騎兵部隊が到着したようで」


「それで皆殺し?」

「そうです、一人も生き残ることが出来ませんでした」


 思わず唇を噛み締めると血が滲み出す。


「公爵令嬢はどうなった?」

「本物も偽物も、王都リジェへ向かったと報告を受けております」

「本物と偽物が揃ったわけか?」


 ベアトリスはサブヒロイン、ヴィトリアは悪役令嬢。


 ああ、馬鹿馬鹿しい。せっかく手筈を整えて、アレクサンドル皇帝が苦もなくルシタニアを落とせるように手配をしたというのに。そのために、コーランクールは無理な移動を重ね続けたというのに、全てが無駄に終わってしまったのだ。


 エスパンナ南部の港湾都市カディスに滞在中のジョン・フッカムを誘導して、矢継ぎ早の命令でブリタンニアの精鋭部隊をエスパンナの王都マデルノまで誘導し、これを圧倒的な戦力で捻り潰す。これによって、アレクサンドル皇帝の偉大さをヨーロニア中に喧伝するはずであったのだ。


 ピエルト山脈を越えずとも、ルシタニア王国へ進撃を開始出来るようにするために、ボンパル侯爵をこちら側へと転ばせた。皇帝の軍をボンパル侯の領地を通過することで国土侵入を果たそうとしていたというのに・・


「東側の交通はどうなった?」

「ボンパル侯の領地はすでにルシタニア軍によって制圧されており、エスパンナへ通じる山道は爆破されて使えない状態となっております」


 ああ・・何もかも上手くいかない。ギャスパーの部隊に王都の制圧を任せようと思ったのにそれも無駄、せっかく用意した山道も爆破されて無駄になったのだ。


「ですが、アレクサンドル様はそれで構わないと仰っているそうです。ブリタンニアのムーア将軍が北の山脈へと逃げたので、このまま北に向かうとのこと」


「皇帝のお遊びには丁度良いという事だろうな」


 海軍を壊滅させられた皇帝はブリタンニアの兵士を血祭りにあげたくて仕方がない。それは陸軍だろうが、海軍だろうが関係のない事なのだろう。


「皇帝は今回の事については不問に伏すとの事でございます」

「はあ・・・」


 ため息しか出ない。

 物事が全く思うように進まない。

 なぜうまくいかないんだ。


「もう茶番は終わりにしよう」


 物事がうまくいかなくなったら、その裏には悪役令嬢の影あり。悪役令嬢が何処までも邪魔をするというのなら、奴を本格的に追い詰めて殺すのみ。そうしてただ殺すのではなく、悪役令嬢の父親に、責任を持って対処してもらおうじゃないか。



 悪役令嬢はルシタニアの王都リジェへと向かった、だとするのなら、奴が次に向かうのはブリタンニアに違いない。


「ブリタンニアの第二皇子と第六皇子は何処だった?」

「ハスカラの避暑地のはずでしたが」

「今すぐ呼び寄せろ、奴らをブリタンニアに向かわせる」

「遂に動かしますか?」

「ああ、ブリタンニアを潰してやる」


 部下は、さっと辞儀をして部屋から出ていく。

 散乱した食器を片付けるために侍女やメイドが部屋に入ってきたが、全てを無視してコーランクールはその場で目を閉じた。

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