第10話  忌まわしき妹

 公爵家の次男となるルイスは、父が連れて来た小さな妹を見下ろして、大きく瞳を見開いたのだった。


ヴィトリアは所々に金色の髪が混じる、光を通したハチミツのような色の髪をゆるやかに編み込んだ、まるで人形のように可愛らしい女の子だった。フォルハス家の縁戚だと言われても全くピンと来ないような、我が家の特徴を何一つ持っていないように見える子だ。


 何でも父の義理の妹にあたるエレーナ叔母様の娘で、叔母様が病気で亡くなったからうちで面倒を見るという事になったという。

「ルイス、お前の妹になるんだから仲良くするんだぞ」

父はそう言ってルイスの頭をその大きな手で優しく撫でてくれたのだった。


 将軍職に就き、常に忙しいはずの父は、母親を亡くして悲しんでいるヴィトリアの為に、3日も仕事を休んだようだった。


 父はヴィトリアだけ構うという事はせず、三人の息子たちの面倒もみてくれた。久しぶりに剣術の特訓を受けた息子たちは、大いに喜んだのは間違いない。


 母親を恋しがるヴィトリアと父は夜の間は一緒に寝るようにしていたようだけれど、母親を亡くしたばかりだから仕方がない。


 可愛い妹のために、尊敬できる父上を貸してあげるつもりでルイスはいたのだ。


 弟は生意気だけれど、妹はおとなしくて花が開くように良く笑う。弟を守ってやろうという気はあまりしないけど、母親を亡くしたばかりで可哀想だし、人形みたいに可愛らしい妹だったら守ってやってもいい。


 確かにそう思っていたはずなのに、

「あの子は問題のある子、罪人の子なのよ」

母がそんな事を言い出したから、

「罪を背負って来た忌子なの、許されざるべき子なの、あなた達にあの子の罪が移ったら大変なのよ」

憎悪が渦巻くような瞳で見つめられ、そんな事を言われたから、

「だからあの子には絶対に近づいてはいけないの、恐ろしい病がうつるから」

ルイスは何度も頷いた。


 母は敬虔な信者で、孤児院にも自ら出向いて、子供たちに救いの手を差し伸べている人だった。数多くの子供たちの面倒を見てきた母が問題があるというのなら、ヴィトリアに問題があるという事なのだろう。


 だからルイスは父に言わなければならないのだ。


「父上!問題があるのはヴィトリアの方なんです!穢れを纏ったヴィトリアに問題があるんです!母上はただ!その穢れを取り祓おうとしただけで!」


 父上は胸ぐらを掴みながら、自分の顔の高さまでルイスを持ち上げたので、ルイスの足は宙にぶら下がった。 


「その穢れとやらを祓う為に、毎日、毎日、折檻を繰り返し、食事も満足に与えず殺しかけた。それが公爵家の令嬢に対しての妥当な扱いだとお前は思うのか?」


「でも、だって!」


「お前も敬虔な信者だと言いたいのか?どんなに残酷な仕打ちも不浄を清めるためには仕方がないと?それほど神の教えを貫き通したいというのならお前もマデルナ島へ行くがいい!今ならお前の母の乗る船に間に合うぞ!」


 父はルイスの肩を掴むと、引きずりながら廊下を歩き出す。

「何の真実も知らぬ愚か者どもが!全てマデルナにでも行ってしまえばいい!」

 マデルナ島は遥か海洋の彼方にある列島の一つで、植民地化をしたは良いものの、土俗ともいうべき人々が住み暮らす未開の地だと聞いている。


 そこには屋敷もなく、木を組み合わせて作った掘立て小屋のようなものばかりが立ち並び、泥水を啜り、山に生える果実をとって生活をしなければならない。


「嫌だ!嫌だ!嫌だ!嫌だ!マデルナには行きたくない!絶対に行きたくない!」

ルイスは手足をバタバタと動かして暴れまくった。


「絶対にそんな所には行きたくない!島に行って、泥水なんか啜りたくない!」

「お前の妹はその泥水を毎日、毎日飲まされていたんだぞ」

父は足を止めると、ルイスの顔を覗き込み、

「お前の妹は、島に行かずとも清潔な水の一滴も飲めない環境で三年過ごしたんだ」

そう言ってルイスを抱きしめた。


「神を信じる事を認めないわけじゃない。しかし、神を引き合いに出して人を虐げる事を認めるべきではないと私は思う。お前の母が常に言うように、神は決して人の罪をお見逃しにならないというのなら、マデルナ島に流されたイザベルはそれだけの罪を犯したという事だ。母を慕うお前の気持ちは充分に良く分かるが、お前の世界はあまりにも狭すぎる」


父はルイスを力強く抱きしめながら、

「お前の世界はあまりにも狭いんだ」

と言って肩を震わせた。


 だけどさ、ヴィトリアは、父上の子なのでしょう?

 義理とはいえ、父上が自分の妹に手を出したから出来た子なのでしょう?

 だったら父上の罪は?父上の罪はどうなるの?


 浮かんだ疑問は心の底に沈みこみ、父の差配によって屋敷で働く多くの人間が入れ替えられ、そうして島に流された母の代わりに、

「あなたがルイス君?よろしくね!」

新しい母が屋敷へとやって来たのだ。


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