第21話 妹はヒロイン属性が羨ましい
皇帝として名乗りを挙げた隣国メロヴィングのアレクサンドル・ボアルネは、西の大海に浮かぶ島国であるブリタンニアの攻略に失敗した。
海軍は大惨敗となったものの、奴が率いる陸軍は破竹の勢いで東へ、東へと進んでいき、今は大都市ウィアナを拠点として、周辺諸国へ自身の親族を次々と送り込んでは王家を乗っ取り、スムーズな属国化を急スピードで進めているところだった。
メロヴィングは侵略後の統治を潤滑に行う事で有名だ。
その国の王をそのまま登用すると見せかけて、ある程度の時間を置いた上で自国の有力者に置き換える。王は引退と銘打って隔離され、何処に居るのか分からない状態となる。臣下は王を人質にとられたようなものだから、新たな支配者に服従するより他ない状況に陥らせる。
非常に上手いやり方だが、ここに来て教会の動きが活発化している為、思う通り物事が運ばなくなってきているのも現状だ。
ヨーロニアは千年以上前にオラニア皇帝がヨーロニア統一を果たした為に、コリント教が広く信奉される事となったのだが、このコリント教会が皇帝アレクサンドルに異を唱え出している。不可侵だった教会の勢力にアレクサンドルがあれこれ口出しするし、今までの教会の教義に反するような事も言い出したために、反アレクサンドル派の動きが活発となっているのだ。
ヨーロニア諸国は神への信奉も厚いため、王位の移譲、戴冠式の差配などは教会が中心となって行う国が多い。アレクサンドルは教会の勢力など屁とも思っていないだろうが、周辺諸国を属国化するのに支障をきたしていく事になるのが現実だ。
おそらくルシタニアに目を向けるまでにはもう少し、時間がかかるだろう。
「父上も母上の事を考えたらすぐにでも安全な国への移動を考えたのだが、母上のつわりがあまりにも酷い。母上の生家となるシルヴァ家に問い合わせたのだが、シルヴァ家は代々つわりが酷い家で、母上が生まれる時などは生まれる直前まで酷いつわりが続いたという。あちらの方でも今の状態で船に乗り、移動するという事に難色を示しているし、医師からも船の移動はつわりの状況を見て判断した方が良いと言っている」
「それじゃあ生まれてから移動ってこと?」
「父上も俺も、シルヴァ家のご当主もなのだが、メロヴィングの軍がイムラス半島攻略のために兵を動かし始めるのを確認してから母上を移動させるという事で問題ないと判断している。無事に生まれてから移動するとして、生後間もない赤子を連れて西の大海を越えてコンドワナ大陸を目指すのは難しいから、ブリタンニアへの移住を考えている」
「生まれるまで、メロヴィングは攻めて来ないかしら?」
「それは分からない。だが、もしメロヴィングがピエルト山を超えるとなればシルヴァ家の領主軍が迎え撃つと豪語しているし、我らフォルハス家も呑気に構えているつもりでは決してない。ブリタンニアまでの移動であれば、例え船の中で産む事になったとしても、母子の安全は確保できると医師は言っている」
「ああ・・フォルハス家はママを守ってくれるのね!さすがママ!安定のヒロイン属性だわ!」
ヴィトリアは大きなため息をつきながら、
「ヒロイン属性か、マジで羨ましいわ・・・」
と言い出した、言っている意味が全く分からない。
「とにかく、父上としてはブリタンニアでの滞在先についてはお前に頼りたいと言っていて、お前と会うために今日は家に滞在しているのでな」
「私も久しぶりにパパと話したいと思っていたの。お兄様、私なんかと話してくれて有難う」
「ああ・・・」
淑女らしく口元に笑みを浮かべて完璧なカーテシーを俺に向かってすると、ヴィトリアは一人で父上の執務室へと向かって移動して行ってしまった。
ヴィトリアは神出鬼没で、いつも何処に居るのか分からない。
ヴィトリアは第二王子であるアルフォンソ殿下の婚約者という立場にありながら、付き添う侍女の一人もいない。そうして今も、公爵邸の中をたった一人で歩いている。エスコートを申し出た方がいいだろうか、と、一瞬考えたものの、幼い頃に散々虐められた相手に付き纏われるのも嫌だろうと思い、ルイスはヴィトリアに背を向けた。
彼女が実の母の言うように、罪の子なのか、忌子なのか、存在しては禍を残す汚れた血の子なのかどうなのか、結局話したみたところで良くは分からない。ただ、時々、こちらが理解できないような内容をさも当然とばかりに口にするあたりが、周囲を苛立たせる一つの要因になっているのかもしれない。
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