第127話 三人の思惑
「ねえ!嘘でしょう!ルシタニアの公爵令嬢がシャーロット王妃に招かれてウィングダムの離宮を訪れたっていうのよ?周りはウィリアム様の結婚相手はその公爵令嬢で決まりだなんて言い出すし!本当に頭に来るんだけど!」
ブリタンニア王国で首相を務めるウィリアム・キャンベッシュの娘であるメアリーが怒りの声を上げるのを、ブリタンニアの第六皇子となるジョアンは呑気にお茶を飲みながら聞き流していた。
船乗り王とも言われるウィリアムは貴族令嬢の憧れの存在となるのだが、彼が愛する子爵令嬢を自ら囲い込んでいたとしても何のその。
自分こそが伴侶として相応しいのだと思い込み、結婚せぬまま二十二歳となってしまったレディ・メアリーは完全に痛い系に属する令嬢だ。
メアリーは末娘となるため、娘の我儘を放置してきた所があるキャンベッシュ卿も、流石に色々と思うところがあるらしい。
国内でメアリーにちょうど良い身分の独身男性は売れてしまっているような状態の為、海外で探してみるかと考えてみても、アレクサンドル皇帝が発布した大陸封鎖令の所為でブリタンニアは孤立状態。
他国での婿探しが難航するのは当たり前の事で、メアリー嬢はどんどんと年齢を重ねていく始末。中立派としての立場を維持し続けていたキャンベッシュ卿は、嫁ぎ遅れた娘の為に皇帝派に寝返ったと言ってもいいだろう。
ブリタンニアが皇帝に頭を下げて大陸封鎖令を解く事になれば、ヨーロニア各国への輸出も再開させられるし、娘の婿探しも容易に出来るようになるのだから、国にとっても公爵家にとっても良い話になると考えたわけだ。
「マグダレーナ・ヴィルヘルムがこちらに来ないと聞いて安心していたのに、マグダレーナの代わりにヴィトリア・デル・フォルハスなんて田舎国の令嬢がノコノコやってくる始末なのだもの!しかも、シャーロット王妃と有意義な会談が持たれたとか何とか噂になっているっていうのよ!もう!本当に信じられない!」
ブリタンニアが皇帝の支配下に置かれれば、ウィリアムと結婚するのは首相の娘である自分であるとコーランクールに刷り込みをされているメアリーは、ウィリアムの妻となるために死に物狂いとなっている。
コーランクールもメアリー嬢も、僕の娘ちゃんを暗殺するために人を送り込んでいるのだが、なかなか上手くいかないらしく、イライラが最高潮となったところでの、娘ちゃんの離宮訪問。
「ジョアン殿、昨日はシャーロット王妃との面会をして来たのであろう?王妃の反応はどうだったのか?」
神経質そうな瞳を向けてきたコーランクールは、皇帝の懐刀と言われる人物なのだが、こちらもイライラが止まらないような様子。
「君たちの焦りとか怒りとか、正直言って僕にはよく分からないなぁ」
ジョアンは呆れ果てた様子で、メアリー嬢とコーランクールの顔を交互に見た。
「ルシタニアの公爵令嬢が王妃と面会、だから何って感じなんだけど?」
確かに、ブリタンニアの王であるジェームズが唯一信頼するのは王妃だとか言われているけれど、彼女は何の権力も持っていやしない。気難しい王に振り回された形で自分の娘たちが嫁き遅れとなっても、伴侶一人用意する事が出来ない無力な女だ。
政治に口出ししない賢い女性だなどと言われているようだけれど、口出ししないんじゃなくて出来ないんだよ。高貴とか言われる古の血を持つ女というだけの事で、血統の正しさ以外何も持たない女。そんな女が、僕の娘ちゃんと面会したからと言って何かがどうなる訳がない。
「コーランクールもさ、ちょっと冷静になって考えてみなよ?ここに来てメロヴィング軍が負けたり、負けたりしているからイライラしたり、焦ったりするのも良く分かるけど、君は皇帝の為、ブリタンニアを纏めるために、今、ここに居るんだよね?」
二十万の兵士を用意した上で、ルシタニアとエスパンナを完膚なきまでやっつけるつもりだったのに、蓋を開けてみれば完全なる敗北。
逃げ出したムーア将軍を追いかけて雪に閉ざされたピエルト山脈に踏み込んだのが運の尽き。クーデターの噂を信じて皇帝が大都市ウィアナまで引き返した時点で、この勝負は持ち越した方が良かったのだ。そこをあえて突っ込んで行ってしまうのがメロヴィング将校のレベルの低さなのだ。
「ねえ、コーランクールさんは知っているかな?大都市ウィアナのクーデター情報、出所はコメルシオ商会だったらしいよ?」
「・・・・」
「ルシタニアの輜重と言えばコメルシオ、今回、ムーア将軍率いるブリタンニア陸軍の山越の為の食料を運んだのもコメルシオ、住民を移動させたのもコメルシオ、皇帝を罠にかけたのもコメルシオだって言うんだからさ、大商会の裏には予言の聖女が居るって言うのもあながち嘘じゃないかもしれないよね?」
コーランクールの端正な顔が奇妙な形で歪み出す。
「そのコメルシオ商会の会頭がヴィオ・アバッシオ、本当の名前はヴィトリアだもんね!君が大嫌いな悪役令嬢だって言うんだもの!はははっ、意外なまでにしぶといよね〜」
「ヴィトリアは貴方の娘でしょう?是非とも父親である貴方には責任を持って娘の始末をお願いしたいものですけれど」
「オッケー、全然問題ないよー!」
すでに仕込みは済んでいる。
婚約者候補としてヴィトリアは聖人の祝祭に参加する事になる、そこで彼女は祖国ブリタンニアの為に命を散らす事になるのだ。
「ブリタンニアの国王陛下は暗殺、ジェイソン第一皇子は大怪我を負う事になる為、新たなる国王としてフリューゲル第二皇子が認められる。皇帝アレクサンドルに忠誠を誓い、ヨーロニア各国との交易を再開する事になる。血筋が云々言い出す輩は始末をして、新しい国作りを始める事になるわけさ!」
「そこで!私がウィリアム様と結婚する事で、ウィリアム様の麾下となるブリタンニア海軍を掌握するという事でございましょう?」
メアリー嬢は本当にウィリアム好きだよね〜。
「君が、きちんと舞踏会での役割を務められれば、ウィリアムは君の物だよ」
「まあ!嬉しい!」
嬉しそうにはしゃいだ声をあげるメアリー嬢、この娘は本当に馬鹿だよな〜。
「離宮の手配は問題ないという事ですね?」
「ええ、二番目の兄も乗り気になっていますよ」
「乗り気になっているフリューゲル殿下は今日も顔を出さないのですね?」
本来なら、コーランクールとの打ち合わせには兄も参加する予定だったのだが、
「兄なら昨日から娼館に引きこもってしまって、出て来ないんですよ〜」
にこやかに告げるジョアンの言葉に、コーランクールは満足気に頷いた。
傀儡にするならトップは馬鹿な方が良いものね?
だったら、フリューゲルほどの適任は居ないかもしれない。
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