第112話  異母姉の姫君

 西の丘に建てられた大聖堂は、亡くなったジョゼリアン第一王子の冥福を祈るために建てられたものであり、正面に2つの鐘楼と奥に巨大なドームを持つ。ピンクや黄色の大理石が床や壁へ、幾何学模様のように装飾された美しい教会となる。


「ベアトリスはこの教会に来るのは初めてかもしれないけど、この教会、実はジョゼリアン殿下が生前に、自分が亡くなった後でも使えるようにするために建てた教会なんだよ」


 ゲームの通りの展開でいけば、お助けキャラでしかないジョゼリアン王子は敵の手によって暗殺されることになる。暗殺を回避するために試行錯誤していたものの、王子は自分が暗殺された後のことも考えて動いていた。


 この西の丘に建てられた大聖堂についてもそう、地下の備蓄庫は何年も前から作っていたものであるし、上の教会は王子にとってカモフラージュ以外の何ものでもない。


 大聖堂の祭壇の丁度真下にはカタコンペとなっており、地下に降りるための階段が司祭室の手前から伸びている。その階段を降りて行く途中の踊り場には聖女の絵画が飾られており、その絵画の下に隠された取手を引くと、壁が内側に開くような形で開くのだった。


 この教会は、メロヴィング軍の侵攻がすぐそこまで迫っている状態の中、マリアルイーザ女王が息子の遺志を引き継いで、最後まで諦めずに建て続けた教会でもある。兵を進める敵軍は、最後まで教会の建設にこだわる女王の姿を見てこう思っただろう。


「さすが女が統治するような国だな、敵に刃向かわずに教会を建てて心の安寧を求めているんだから、すぐにメロヴィング側に降伏の意を示すだろう」


 田舎国としてルシタニア王国を馬鹿にしていたメロヴィング軍としては、破竹の勢いで勢力拡大に勤しむアレクサンドル皇帝に対して、王国は抵抗などしないだろうとたかを括ったに違いない。これから戦争だという時に教会を建てるだなんて、我々に壊されるのが目に見えているというのに、なんて馬鹿な奴らなんだろと思ったに違いない。


 メロヴィング軍が王都に向かって大砲を撃ち込んだ頃には、ルシタニア王家は新大陸に向けて逃げ出していた。


 王家が逃げ出した事で王国の移譲手続きを皇帝が勝手に行えなくなってしまったのはもちろんの事、王家が本国を離脱した後には、即座にブリタンニアの陸軍を自国に招き入れた。結局、メロヴィング軍は、この時の戦いではひと月を待たずに敗北を喫する事になってしまったのだ。


この教会は敵の軍を油断させる為に作られたものであり、地下の倉庫には戦火に陥った民の糧となるための食料が山ほど備蓄されている。ジョゼリアン王子は自分が死んだ場合、死んでいない場合とで、様々なシュミレーションを練っていたけれど、ヴィトリアがコンドワナには渡らずにルシタニアに残ることは想像したのだろうか?


 彼の事を思い出すと、胸が苦しくなるのはいつものことなのだけれど。


「まあ!まあ!まあ!あなたがタンポポ友の会、会員のベアトリスね!私はあなたの異母姉に当たるマグダレーネ・ヴィルヘルムよ!あなたの事はヴィオから頼まれているの!だから安心してね!」


 隠し扉を開けて部屋の中へと入ると、待ち構えていた姫君が、ベアトリスの両手を握りしめながら嬉しそうな声をあげた。


「私はマグダレーネ!よろしくね!」

「べ・・ベアトリです・・よ・・よ・・よろしくお願いします!」


 ベアトリスが挙動不審なのは致し方ない、彼女の引き攣った笑みを見上げながら、

「今日は無礼講よ!無礼講!」

姫君は、はしゃいだ声をあげた。


「あの・・お嬢様・・この方は・・」

「前に言っただろう?子種が同じ、私たちの異母姉様だよ」

「そんな所に立っていないで座って頂戴!今お茶を淹れるから!」


 マグダレーネ姫は自らお茶や菓子を用意する。太陽の光を当てたようにいく筋の金色の髪が混じるハニーブロンド、私たちと同じ髪色を持つ姫君は、精巧な人形のような人であり、節々に色香を感じさせるような美しい顔立ちをしていた。


「ベアトリス、こちらはラムエスブルグの姫君となるマグダレーネ様、20歳。タンポポ友の会で一番年齢が上だから、自分こそが長女だと勝手に言っているような方だ。正式には認められていないが、ジョアン・フォフ・ブリタンニアの第一子は彼女という事になる」


「うふふ!よろしくね!」


 王家の血筋であり、産み腹としてここまで育てられたマグダレーネもまた、ヴィトリア同様、まともな育てられ方をしていない。


「ルシタニア王家の王配フェリペ様は私の血の繋がった叔父になるの。その関係で一時期、ルシタニア王家に預けられる事があって、そこで、ヴィトリアとも顔を合わせる事になったのよ」


 姫はベアトリスの手を握りながら、

「貴女で丁度八人目の姉妹になるの、これから貴女の力になるから頼ってちょうだいね」

艶やかな笑みを浮かべた。


 するとベアトリスは顔を強張らせながら、

「わ・・わ・・私の母は娼婦だったので・・尊い身分のお姫様に面倒を見てもらうなんてそんな・・・」

引き攣った声で言い出した。

「それに、私、ルシタニア王国を裏切ってメロヴィングのスパイのような事をしていたんです。国家反逆罪で捕まってもおかしくないくらいなのに、お姫様に面倒を見てもらうってどういう事なんですか?」


 そりゃあ、ベアトリスとしては腹違いの姉妹だからなんて理由で、納得なんか出来やしないだろう。真っ青な顔で縋るようにこちらを見るベアトリスの顔を見て、ヴィトリアは思わずため息を吐き出してしまった。


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