第117話  オラスムニアの姫

「船で運んだ武器だけど、ラムエスブルグ経由でエルヴィラに送ったのよ」

 マグダレーナが言ったエルヴィラとは、タンポポ友の会の会員であり、アレクサンドルに敗れたオラスムニア皇帝の姪となる。


 エルヴィラは前オラスムニア皇帝の妾の子として生まれた姫を母に持ち、種がブリタンニアの第六皇子という事で、庶子という扱いで産まれることになった。


エルヴィラの母親の身分が低いという事もあって、ブリタンニアの皇子の血を引いているとは言っても、周りの扱いは酷いものであったらしい。


 純潔を散らされて政治的にも使えなくなったエルヴィラの母親は、一族が見守る中で処刑されたっていうのだから目も当てられない。


 エルヴィラは今の皇帝の姪となるけれど、平民出身の将軍の元へ厄介払いとばかりに下賜される事になった。その頃にはタンポポ友の会として交流を深めていた事もあって、夫と共に地下に潜り込む算段をつけたわけ。


 エルヴィラとしては、オラスムニアを滅ぼした後で、皇帝アレクサンドルをも破滅させる。もちろん、ジョアン第六皇子も破滅に導くため、今も暗躍を続けているのだ。


「クーデターが起こると見せかけて皇帝をウィアナまで誘き出したってわけなのね?」


 マグダレーネはクッキーをつまみながら答えてくれた。


「ヨーロニアの王族達は、慌ててこちらに帰って来ようとする皇帝の動きに疑問を持ったみたいなの。実際に、ウィアナでクーデターなんて起こっていないし、エスパンナみたいに民衆の蜂起も起こっていない。わざわざイムラス半島を占領下に置くために二十万もの兵を皇帝自らが引き連れて行ったというのに、突然、皇帝はウィアナへと引き返してきた。アレクサンドル皇帝を信じてオラスムニアの皇帝を裏切った貴族たちは、まさか自分たちが疑われたんじゃないかと思い始めているし、疑問に思い始めているのよ」


 ママはジョゼに果物を食べさせながら言い出した。


「アレクサンドル皇帝は破竹の勢いで無数の国々を支配下に置いているけど、皇帝としては新参者以外の何者でもない、歴史的地位なんて皆無の人。血筋の正しさなんて問うたら何も出てこないような人だものね。ローニア帝国の時代から続くお歴々を前にして、何の理由もなく、イムラス半島をおっぽり出して戻って来たというアレクサンドル皇帝に対する視線は厳しいものへとなっていく。そこが狙い目なのよ」


 メロヴィングの軍は確かに強いけれど、皇帝が指揮をするからこそ無敵と言えるのであって、他の指揮官が指揮するメロヴィング軍は大した事はないという事がすでに実証済みとなっている。


 夏の戦いでルシタニアに攻め込んできたメロヴィング軍は、僅か一ヶ月で停戦協定を結ぶ程敗退。エスパンナに駐屯していたメロヴィング軍は二万の軍を動かしたというのに、民衆による抵抗運動に敗れてしまったのだ。


 ピエルト山脈を南に降ってルシタニアに進撃をかけるメロヴィング軍を皇帝が指揮をしないのであれば、北に集結させたシルヴァ伯爵家の領主軍と公爵率いる王国軍で十分に戦う事が出来る。


 北に戦力を集中させた事で中央から南がガラ空きになってしまうけれど、そこを民間で組織したコメルシオの軍に対応を任せようという事だろう。


 エルヴィラからの手紙を読んだヴィトリアには、これから先の未来が見えてくる。


 ローニア帝国の高貴な血を引く貴族達に侮られる事を恐れたアレクサンドル皇帝は、まさか、クーデターが起こるという偽情報に踊らされて大都市ウィアナまで戻って来たとは言い出せない。


 元々、皇帝嫌いだったお歴々は、アレクサンドルの揚げ足を取ろうと虎視眈々と狙っているので、アレクサンドルもここで弱みは見せられない。


 そこで、ある高貴な身分の方が言い出すのだろう。

「オラスムニア皇帝が倒れた今、次はロナリアの皇帝を倒すおつもりなのですね?」


血筋卑しいアレクサンドルなんかよりも、ロナリア帝国の皇帝の方がよっぽど尊い身分を持っている。そんな話を至る所で聞けば、きっとアレクサンドルは思うだろう。今すぐロナリアを潰せば、今度こそ自分は世界の王になれるってね。



      ◇◇◇



「ヴィオ!ヴィオ兄!」

 教会を後にしたヴィトリアが港まで移動すると、難民の受け入れを手伝っていたルシオが飛び跳ねながら声をかけてきた。

「これから南に配属されるから、ヴィオ兄に会えて良かった!」


 十二歳のルシオは大人並みの計算が出来、交渉術の高さからコメルシオ商会で働くことになっていた。そうして、うちの商会が軍部の輜重隊として働くようになってから軍属として働くようにもなっている。


「コルーニャ経由で移動してきたエスパンナ人は合計で二万人くらいになりそうだね。ルシタニア中央へと疎開させて、落ち着いたら帰郷するという事で話がついているよ」

「そうか、商船の方は足りそうか?」

「大丈夫だと思う!」 


 皇帝が山に登らずヨーロニア中央に引き返して行ったというのなら、ピエルト山脈を突き進んでくる皇帝の軍はそれほど脅威ではなくなった。


 ただ、輜重に問題を抱えたムーア将軍率いるブリタンニア軍は即座に食料に困ることとなるだろう。


 コメルシオ商会は修道女会と協力して山脈に住み暮らす住民の疎開を進めていたのだった。行軍してくる兵士たちは確実にエスパンナ人が住み暮らす村々を蹂躙することになるだろう。


 それを許さないのがコメルシオ商会、ルシタニア国内をも越えてエスパンナの住民の避難も進めているような状況なのだ。港町コルーニャからの移動は、新大陸へと移動する為に必要となるような大型船ではなく、船底浅型の船を用意すれば良い。

 陸を見ながら進むような船は安価で購入する事が出来るため、商会でも近隣諸国との交易のために五十艘近くを保有している。今はその全てを使って移送をしているような状態なのだ。


「それで?ヴィオ兄は何処に向かうの?」

 ルシオの説明にヴィトリアは顔を顰めて見せた。

「北じゃなくてブリタンニアへ向えって」

「えええ?」

「皇帝がいないから脅威じゃない、お前はブリタンニアに行って王様を何とかしろってママが言うんだ」

「嘘でしょう!」

 

 ルシオは驚愕の表情を浮かべるけど、本当に行くのが嫌だよ。

 ゲームの中にある隠れストーリーに、悪役令嬢がブリタンニアに移動させられて、公衆の面前で破滅させられるというエンドがあるんだよ。

「あーー!ブリタンニアに行きたくないー!」

 ヴィトリアが一人で絶叫をあげる姿を、残念なものを見るような眼差しでルシオは見つめていたのだった。


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