第78話  不機嫌なルシオ

今は十二月、普通、戦というのは収穫を終えた秋に行われる事が多く、冬に戦闘を開始しようという奴はなかなかいない。


 イムラス半島に蓋をするような形で広がる山脈には雪が降る、移動も大変になることから、流石の皇帝も冬には兵を移動させるなんて事はしないだろうと皆が皆、思っていたのだが、エスパンナの王都マデルノを守るメロヴィング軍がポカをやったものだから、皇帝自らが出ることが決まったらしい。


 エスパンナの王都には皇帝の兄が王として即位することになったものの、民衆が反発し、メロヴィング軍による市民への大虐殺が行われることとなった。そのことが引き金となって民衆の怒りに火がついて、各地で民衆による武力蜂起が起こることとなったのだ。


民衆の暴動を鎮圧しようと考えて、エスパンナの王都マデルノからメロヴィング陸軍が二万の軍勢を率いて南へと向かった。


数においては圧倒的に優位に立つメロヴィング軍は、市民によるゲリラ部隊の急襲を甘く見ていたのだろう。あっという間に軍は包囲され、メロヴィング軍はあっけなく降伏を宣言したのだった。この時、ゲリラ部隊に対してメロヴィング軍一万八千があっけなく投降したとあって、周辺諸国に激震が走ったのは間違いない。


 しかも、王都に居た皇帝の兄は自軍の敗北に驚き慌てて王都マデルノを脱出、王都は市民の手によって一時、取り返されることになったのだ。


 これに腹をたてたのが皇帝アレクサンドル・ボアルネで、すでに山頂では雪が降っている中、20万の兵を引き連れて山脈越えを果たした。 

 わずか7分で最大の難所と言われる砦を押さえた皇帝の軍は、山の麓近くにある王都マデルノをあっという間に支配下においた。もちろん、逃げ出した皇帝の兄も王都に戻って来ている。



「デュポンの野郎があっけなく投降していなけりゃ、皇帝も20万の軍なんて引き連れてイムラス半島までやってくるなんて事にはならなかったのにさ!なんで、ゲリラ部隊なんかに負けちまってんだよって思わないわけにはいかないっていうんだよね!」


「ルシオ、お前、将軍の前だというのに態度が悪すぎるぞ」


 眼鏡を押し上げながら顔を顰めるペドロ・デル・カルバーリョ公爵令息を見上げながら、ルシオは怒りの声を上げた。


「だって!文句も言いたくなりますよ!メロヴィングのデュポンが負けなけりゃあ、皇帝の兄貴はエスパンナの王様のまんまで王都でふんぞりかえっていただろうし、とりあえず兄貴にイムラス半島は任せるわって言って、皇帝もヨーロニア中央に戻って行ったと思いますもん。なに負けてんだよ!クソ腰抜け野郎!って思うじゃないですか!」


「ヴィトリアの部下はこんなのばっかりだな」

 ペドロは大きなため息を吐き出すと、

「ルシオ、お前はこの手紙の内容は知っているのか?」

と、フォルハス将軍が問いかけてきた。


 途中、ヴィトリアはアンドレと共に王都リジェを目指し、分かれて行動することになったルシオは、ペリグリンと共に城塞都市として有名なオビドスを目指す事となったのだ。


 アーサー・ウェストウィック閣下の大切な人(女性)をブリタンニアまで無事に移動させる作戦のサポートをする為、オビドスを目指したわけだけれど、

「閣下の大切な人は実はオビドスには居ないんだよ」

と、ペリグリンがオビドスの修道院の前で言い出した。


「実は、ブリタンニア側としては、カルダス領に居るヴィトリア・デル・フォルハス嬢を保護したいと考えている」


 ヴィトリア・デル・フォルハス嬢と聞いて、ルシオが唖然としないわけがない。

 ヴィトリア嬢に成り変わった令嬢が確かにカルダスの領主館に滞在中となっているけれど、本物のヴィトリア嬢はつい最近まで、すぐそこに居たのだから。


 ルシタニアとブリタンニアは現在でこそ同盟関係となってはいるが、両国は長年に渡って親密な関係を築いてきたわけでは決してない。

 田舎国と揶揄されがちなルシタニアだからこそ、軽視されるような立ち位置であったし、国を守る為という理由で、現在、ブリタンニアに対して助力を求めているような状態なのだ。


 そのブリタンニアが、作戦内容の肝心な部分を秘密にすることは別におかしい話ではないのだけれど、保護したいのがヴィトリアなら、最初からそう言って欲しかったとルシオは心の奥底から思ったものだった。


 ルシオには判断出来ないことでもある為、フォルハス将軍に会うためにオビドスから急遽、王都リジェまで移動をしてきたルシオはため息を吐き出した。

 湊町ラゴスでブリタンニアの第三皇子であるウィリアムとの会談を終えたペドロ公子も王都に戻って来ていた為、将軍と公子、二人に対して説明をしなければならないわけだ。


 ブリタンニアの鬼才とも言われるウェストウィック閣下がブリタンニアで保護したいと願い出た女性が、まさかヴィトリアだったなんて思いもしないのだから。



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