第4話  逃亡を図ります

 ヴィトリアの生前の世界では、異世界転生とか、悪役令嬢とか、ヒロイン覚醒とか、そういったジャンルが流行っており、小説も沢山読んでいたし、通勤途中では乙女ゲームなるものも嗜んだ。


 転生もので良くある展開といえば、

「え!この美少女はあの乙女ゲームの悪役令嬢じゃない!つまりは私!悪役令嬢に転生しちゃったってことおお!」

と、鏡に映った自分の姿を見ながら驚きの声を上げることになるのだろう。


 ヴィトリアもそんな声をあげたかったけれど、彼女が住み暮らす物置には全身が映るような鏡がないから、そんな事が言える訳がない。


 ただ、ベッドの下には割れたガラスが転がっていた為、それを手に取って自分の顔を映してみたところ、そこには汚らしい格好をした貧弱な子供の姿が映っていたのだった。


 顔も体も痣だらけ、左手の小指は折れたまま放置されていた為、変な形に曲がったまま動きづらくなっている。


 虐待された少女のテンプレ通りに彼女の髪の毛は伸びっぱなしのボサボサの状態となっており、赤土が混ざった土石流みたいな色といえばいいのだろうか。

ヒロインのテンプレカラーとなるピンクブロンドでもないし、悪役令嬢のテーマカラーでもある、燃えるような赤髪というわけでもないようだ。


「うーーん・・・」


 監禁されているヴィトリアは部屋の外に出られるのはトイレに行く時のみとなるため、夫人や専属メイドから暴力を受ける以外に特にやる事がない。

極度の栄養失調状態の上に暴力を日々受けていることから、2・3日中に死んでしまうような予感をヴィトリアは感じていた。


 ここは、今までの自分の記憶を整理して、自分が何の物語の登場人物で、どういったポジションのキャラクターなのか思い出すべきだとヴィトリアは考えた。


 第一に、ヴィトリアは公爵家の養子となっている事から、今は酷い有様であっても公爵令嬢であると胸を張って言えるだろう。公爵令嬢といえば悪役、悪役といえば家族にデロデロに甘やかされて育ったわがまま娘というイメージがあるのだが、それは当てはまらないだろう。


 第二に、義理の兄弟が三人いるということ。一番上の兄は陸軍士官学校に入学しているので普段家にはおらず、残り二人は公爵邸に居る。母となるイザベルから洗脳を受けている関係で、ヴィトリアの事を嫌い憎んでいる。


 第三に、ヴィトリアの母は連れ子としてフォルハス家に養子となったものの、元々はブリタンニア王国のウィンドウッド伯爵の娘となる。

祖母が異国へ嫁ぎ、母を産んだものの、離縁され、産んだ娘を連れて戻って来たところへ後妻の話が入り、フォルハス家に嫁いだのだそうだ。祖母は傾国の美女と言われるほどの美人だったらしい。


 今はヴィトリアの母も祖母も亡くなっている状況なので、親族と言えばフォルハス家以外では、ブリタニア王国のウィンドウッド伯爵のみとなる状況。

隣国の伯爵位、しかも、ルシタニアで傾国の美女と謳われた令嬢を嫁がせて、あっさりと捨てる位だから、伯爵位といえども相当な力を持っているのかもしれない。


「これって、今日か明日にでも死んじゃうんじゃないかなあ・・早いところフォルハス家からは脱出して、ウィンドウッド伯爵家に向かったほうが良いのかも・・」


 イザベル夫人はヴィトリアの逃亡を恐れて、物置小屋の前に監視の目を置いている。勝手に部屋を飛び出せば即座に捕まるのは間違いないため、違う方法で外に出る必要がある。


「お腹が痛い・・お腹が痛いです・・ああ・・死にそう・・お腹が・・お腹が・・・」


 食事を部屋の隅に流して捨てたヴィトリアは、食事を食べて腹痛を起こしたとでも言った様子で部屋の中に蹲った。


 腐ったものを出す事も度々の状況のため、栄養失調の状態で下痢を引き起こすなんて事も度々起こっていたのだ。


 再びノックもせずに部屋の中に入ってきたメイドのアンナは、汚いものでも摘むような素振りでヴィトリアの首根っこを掴むと、腰にロープを巻き付けながら、物置小屋の斜め前にある粗末で小さなトイレの中へと投げ込んだのだった。


 一度、腹痛を起こすとなかなか外に出て来ない事はアンナも十分に承知しているため、ロープの先を隣にあるドアノブに縛り付けて、鼻歌まじりで移動をしていく足音が聞こえてくる。


 先ほど、床に転がっていたガラスの破片を取り出すと、腰を頑丈に縛りつけるロープを切断する。


 トイレには子供だったら抜け出せる程度の窓が取り付けられている為、ヴィトリアはよじ登りながらトイレの外へと飛び出した。


 監禁されていた離れは本邸からも少し離れた場所にあるため、屋敷の裏側ともなると腰の高さほどもある雑草に覆われている。その草むらの中に身を潜ませるようにしてヴィトリアは逃亡を図ることにしたのだった。



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