第3話  こんな前世の思い出し方は嫌だ

悪役令嬢であるヴィトリアには生まれ変わる前の記憶がある。


 ごくごく一般家庭に生まれて、家族は父母と姉一人の四人家族。家族仲が特別良いかどうかについては特に考えた事もなかったけれど、後から考えてみれば、

羨ましいほどに仲の良い家族だったんだなあと思っている。

 どうして生まれ変わる前の記憶を取り戻したのかというと、これまた異世界転生のテンプレ通りの展開となる。


 床に倒れ込んで後頭部をしこたま打ち付けたところ、

「忌々しい穢れた子!存在自体が許されない!旦那様から許されるのならば今すぐ異端審問にでもかけてやるというのに!」

ヒールの踵に踏みつけられて、自分の肋骨がミシミシと音を立てているのが分かる。


 なんで仰向けで倒れちゃったんだろう!いつもだったらちゃんと無理をしてでもうつ伏せで倒れる事が出来るのに!と、心の中で絶叫したところで、いやいや、そうじゃない、そうじゃないとヴィトリアは考えた。


 普通、転生もので記憶を取り戻す時というのは、階段を踏み外してとか、ちょっと蹴躓いて転んでとか、頭をぶつけて等して、高熱を出して3日程度寝込んだ末に思い出すとか、そんな展開ではないのだろうか?


「ヴェエエエエエッ」


 急に思い出した過去の記憶の所為で脳みそがショートしたようで、目がチカチカする、世界がグルグル回る、あまりの吐き気に仰向けのまま嘔吐したら、吐瀉物が気管に入って窒息しそうになっていた。


「奥様!」


侍女頭が肩を掴んで後ろへと引き寄せたので夫人に吐瀉物がかかる事はなかったものの、

「頭の打ちどころが悪くて死んでしまうという事もありますし、今日のところはこの辺で・・」

死んでもらったら困るという立場の侍女頭がそっと頭を下げると、

「そうね、今日はこの辺にしておいてやろうかしら」

夫人は吐き捨てるように言うと、くるりと回れ右をして物置部屋から出て行ってしまったのだ。


 床に這いつくばりながら口の中の物を吐き出し、激しく咳き込みながら気管の中の異物を口の外へと吐き出すと、小さなテーブルの上に置かれた水差しを手に取った。


水をコップに注いで喉に流し込むと、想像したこともないほどの酷い味に思わずむせこんで、

「ゲホゲホゲホゲホッ」

咳が止めどなく出る、吐き気が止まらない。


「ペットボトルの水なんて求めてないわよ!浄水器を通した水とまでも言わないわ!せめて水道水くらい用意しなさいよ!」


ヴィトリアが叫びながら部屋の中を見回すと、 

「・・・・」

思わず絶句してしまったのだった。


 物置部屋というだけあって明らかに不要物と思われる物が雑多に置かれた部屋の中には、埋もれるようにして置かれた小さな木製のベッドと小さな椅子、水差しが置かれた小さなテーブルだけが使用感を感じる形で置かれている。


 洋服は乱雑に丸めてベッドの端に積み上げられ、そのどれもが、見た事もないくらいにボロボロのアンティークワンピースだという事が分かる。


「ちょっと待って、ちょっと待って、ちょっと待って」


 酷く痩せ細った骨と皮ばかりに見える手足、鏡がないから自分の顔を見る事が出来ないけれど、異世界転生に良くある、え?この美少女は私なの?展開にはなりそうにない。


「いや、ちょっと待て、ちょっと待て、そもそも私は何のポジなわけ?虐待の最中に目覚めるって、どんなキャラよ?」


 ベッドの上に置かれた枕をヴィトリアが抱き寄せたのは完全に無意識での行動で、その枕の中にある何か硬い物が手に触れた為、手を枕カバーの中に突っ込んだ。


中にあるものを手繰り寄せると、銀色のロケットタイプのペンダントが小さな手のひらの上でキラキラと輝き、ペンダントの中に入れられた、小さな肖像画の美しい女性の慈愛を含んだ微笑みが、ヴィトリアに向けられていた。


「お母様・・・」

 お母様、そうです、お母様です。

 あーーー、そうです、そうでした!だいぶ思い出して来ました!


 ヴィトリア・デル・フォルハス、母の名前はエレーナ。ヴィトリアの母は、現在のフォルハス公爵家の当主であるミゲル・デル・フォルハスの義理の妹という事になる。前当主が後妻として迎えたアマレラの連れ子がエレーナであり、今の当主とは義理の兄妹という事になるのだった。


 名門フォルハス家の娘エレーナの人生は幸せなものだったのかどうかは分からない。


 ある舞踏会の夜、エレーナは一夜の愛に溺れる事となり、未婚のままの状態でヴィトリアを妊娠。哀れに思った前フォルハス公爵はエレーナに家を買い与え、そこでヴィトリアは産まれることになったのだ。


 父親が誰なのか知る者は少なく、義理の兄であるミゲルが相手なのではないかという憶測も流れる中で、ヴィトリアの母は彼女が7歳の時に病気で亡くなってしまった。その時に養女として引き取る事をミゲルが決めた事により、周囲は自分たちの憶測を確信に変えたのだという。


 面白くないのは、ミゲルの正妻イザベル。

イザベルには三人の息子がおり、一番末の息子のクリスとヴィトリアは同じ歳、自分が妊娠中に義理とはいえ妹と関係を結んで妊娠させたというのだからたまったものではない。


しかも唯の浮気ではなく義理とはいえ妹と浮気だなんて、敬虔なコリント教の信者であるイザベルには許す事は出来なかったのだ。


 ミゲルが公爵邸に一緒に住んでいたのならここまで酷い虐待を受ける事もなかったのだろうが、将軍職に就くほど強くて優秀な人なのだ。多忙すぎて家にも帰って来ることは少ない状況と言えるだろう。


 ルシタニア王国の隣国であるメロヴィングでは革命が起こり、王政が廃止された後のゴタゴタと政変により、ルシタニア王国でも王政を廃止しようという運動が活発化しているような状況だった。


 時々王政反対の勢力がクーデター化するため、その鎮圧のために公爵家当主となるミゲルは出ずっぱりとなり、亭主元気で留守がいい、イザベルは、ここぞとばかりにヴィトリアを病弱扱いにして隔離、監禁、虐待を実施しているのだった。


 公爵邸の敷地内には前公爵夫妻が使っていた離れの屋敷が敷地内にあり、ヴィトリアは現在、その離れの屋敷の物置に閉じ込められている。


「まあ!まあ!まあ!まあ!まあ!」


ノックもなしに乱暴に扉を開いたメイドのアンナは、ズカズカと部屋の中に入ってくると、スープとパンを載せたトレイをテーブルの上に置くなり、ヴィトリアの頬を平手打ちにしたのだった。


「床の掃除もせずにあんたは今まで何をやっているんだい!なんだか知らないけど汚いし!臭いし!酷い有様じゃないかね!」


暗黒大陸とつい最近まで呼ばれていた南大陸から連れて来られた奴隷のアンナは、ヴィトリアの専属メイドとなる。


「マジ・・これ・・覚醒そうそう詰んでない?」


 テーブルに置かれたスープは野菜の切れ端が浮いているだけの塩水のよう、パンだって歯が折れそうな硬さとなっている。


「虐待に塩水スープと歯を犠牲にしなければ食べられないっていうほどの硬さを持つパンはテンプレそのものだけど・・・私が万が一にもヒロインポジだとしても、ヒーローが助けにくる前に死んじゃいそうだし、悪役ポジだったとしても断罪前に死んじゃいそうじゃないこれ!」


 ヴィトリアは頭を抱えながら悲痛の声をあげたのだった。

 


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