第5話  兄は仰天する

リカルド・デル・フォルファスの父は、将軍位に就く立派な方だ。

父を尊敬するリカルドは、貴族の子弟が学ぶブルナリオ陸軍幼年学校を卒業した後は、リジュの陸軍士官学校に入学し、砲兵科を選択しようと考えていた。


しかし、周囲のゴリ押しとも呼べる勧めによって、伝統もあり花形と言われる騎兵科への入学が決まってしまったのだ。騎兵科に入学して3ヶ月が経過したけれど、やはり砲兵科を選べば良かったと後悔ばかりする毎日を送っている。


一週間の休みとなり、寮から自宅へと帰ってきたのだが、

「兄様の同窓となるジョゼ王子はどういった方でしたか?」

「才豊かな方とお聞きしておりますが、兄様はどうお感じになっているのですか?」

と、弟二人がやけに煩い。


 ルシタニア王国の第一王子となるジョゼリアン王子はリカルドと同じ年に生まれた。それ故に、リカルドは幼い時から王子の側近候補として育てられる事になったのだ。


とち狂った王子が、貴族が通う王立学園ではなく、陸軍士官学校への入学を希望した為、リカルドは入りたくもない騎士科に王子の付き添いとして入ることとなったのだ。


「ジョゼリアン王子は自分の叔母となるエマヌエラ様に夢中で夢中で、エマヌエラ様が逞しい騎士様に守って欲しいなどという世迷いごとを言い出したが為に、王子はリジュ王立学園への入学を蹴っておしまいになったのだ」


 エマヌエラ王女はマリアルイザ王妃の妹であり、妖精のような美しさを持つルシタニア王家の姫となるが御年26歳となる。


「常にエマヌエラ様と結婚したいと言い続けているようなお方で、最近ではそれでも良いのではないかと王妃は心傾け始めているらしい」


「王族の血が濃く残るという事は良いことではないでしょうか?」

三男のクリスが瞳をキラキラさせながら言い出すと、

「俺もエマヌエラ様を遠目にひと目みた事があるが、あまりの美しさに声も出なかったぞ」

と、次男のルイスが言い出した。


 リカルドが16歳、ルイスが13歳、クリスが10歳。

ルイスはブルナリオ陸軍幼年学校に公爵邸から通っており、クリスは家庭教師から勉強を教わっているような状況だ。


 クリスと同じ歳となる妹、ヴィトリアは体が弱くて離れで暮らしているため、ここ1年は姿すら見ていない。最近は体調がかなり悪いようで、忙しい父が屋敷に帰って来た時でも本邸に顔を出すことがない。


「そういえば、ヴィトリアの体調はどうなんだ?」

「知りません」

「そんな名前の子なんてうちにいたっけ?」

「こらルイス!俺たちの妹の事だぞ!」

「うへええ」

「妹なんて言ったてさあ」


 幼い二人には妹として受け入れるのが難しいらしい。


「あのさ、兄様はまさか、あの子と将来的に結婚したいとか、そういった気持ちがあるわけ?」

「はあ?」

「だって兄様やけにあいつの事を気に掛けるじゃないか!」

「何だって?」

「あんな奴が気になるんでしょう!」

「お前達もコリント教は兄妹での婚姻を認めていないのは知っている事だろ?」


我がルシタニア王国の国教であり、公爵家は代々敬虔な信者でもある。幼い弟二人は、義理とはいえ妹と関係を結び、子供を授かったと噂される自分の父親について思うところがあるのだろう。リカルドが何と言って諭そうかと考えていたところ、後ろの方から声かけられたのだ。


「そうですよね!コリント教は兄妹での結婚を認めないわけですよね!それじゃあ、コリント教は叔母と甥との結婚を認めるっていう話はやっぱりデマだったという事になるんでしょうか?」

「叔母と甥の結婚だって?」


突然話しかけてきた幼い子供の方を振り返ると、まるでボロクズまみれのような何かの塊がこちらの方を仰ぎ見た。


「近親婚を禁じる理由はわかるんですよ。だって、遺伝子が近すぎると子供に障害が出る事が多いっていうのは当たり前の事実じゃないですか。だから兄妹間での結婚を認めないのであって、叔母と甥との結婚だって認められないわけですよ。だというのに、ここの世界では叔母甥婚はありって事なんですか?不健全ですよ!」


「いや、普通はあんまり推奨するような話でもないよ?だけど、本当に二人が愛し合っているのなら仕方がないんじゃないみたいな意見が多くなっているのもまた事実で」


「ええええ?愛ゆえに許すんですか?マジでこの世界の価値観わからないなあ」

「それで?君は一体誰なわけ?」


 リカルドが質問をすると、ゴミの塊みたいな子供はハッとした様子で動きを止めると、

「私はヴィトリア・デル・フォルハスです。貴方、リカルドお兄様ですよね?」

と言い出した。


「は?なんだって?」


 ゴミの塊だと思ったのは何枚も重ね着した雑巾みたいなワンピースで、髪の毛はベタベタ、胸元まで全方位を囲む形で伸びきっているので顔が良く分からない。

「冗談を言うのも大概に」


「本当です!先代公爵様に7歳の時に迎えて頂いたアマレラ様の孫で、ミゲル公爵の義理の妹となるエレーナを母に持つヴィトリアです!ちょっとマジで死にそうなんで、リカルドお兄様に折り入ってお願いがあるんです!」


「お・・お願い?」


「申し訳ないんですけどこのフォルハス家から出してくれないですかね?ゴミ屑みたいな食事と連日に続く暴力で、そろそろ本当にヤバイんです。私は祖父となるブリタンニア王国のウィンドウッド伯爵の元へ向かうので、後で必ず返しますので、路銀を用立ててもらえたらなーなんて・・・」

目の前の薄汚れた子供は所在なさげに小さな両手の平を擦り合わせると、

「なんでゴミがこんなところまで出てきているんだよ!」

ルイスが怒りの声を上げながら力いっぱい突き飛ばした。


 女の子が突き飛ばされ、尻餅をついた事に対して何の罪悪感も持たない様子でフンとルイスが鼻を鳴らすと、

「兄様!これは!これは違うんです!」

クリスが慌てたように言い出した。


「いつもはこんなところまで出てくる事なんてないんです!せっかくの兄様の休日なのにお目汚ししちゃって本当にすみません!」


すると、ヴィトリアを探しに来たと思われるメイドが草の上に額を擦り付けるようにして謝り出した。


「おぼっちゃま方、本当に申し訳ありませんです!とんでもないものでお目を汚してしまいまして!私の管理不行き届けでございます!これにはキツく!キツく叱りつけておきますので!」


 リカルドが弟二人と駆けつけたメイドが何故、こんな事を言い出したのか理解出来ずに戸惑ったところで、

「ああー、やっぱり上手くいかなかったか。マジで死亡エンド決定じゃん!もうちょっと長生きしたかったなあ!」

尻餅をついて座り込んだままのその子は泣きもせず、雲ひとつない青空に向かってそんな事を言い出したのだった。

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