フェチシズム



 寒い。

 七月下旬とは思えない肌寒さを感じ、セイジは目を覚ます。

 白い照明が頭上で眩しく輝いていて、何かの椅子のようなものに座っていることに遅れて気づく。


「ここは……?」


 まだ少しぼんやりとしている頭のまま、周囲を見回す。

 そこは暗室のような場所で、医療用の器具らしきものがちらほらと散見された。

 曖昧な記憶の終わりを辿ってみる。

 セイジが覚えている限りでは約束の少女である富岡ミユリの妹のミズキと、一緒にテレビゲームをしようとしていたのが最後の記憶だった。

 とりあえず椅子から降りようとするが、そこで異変に気づく。

 右腕と左腕、そして右足と左足。

 そのどれもが固く椅子に拘束されていて身動きが取れなくなっていたのだ。


「お目ざめだね、セイジ」


 ふいに耳裏に、生温かい吐息がかかり、セイジは身を硬直させる。

 ペタ、ペタ、と素足のような音を立てながら背後から一人の少女が姿を見せる。

 その白衣を着込んだショッキングピンクの髪色をした少女のことを、セイジはよく知っている。

 それはセイジの窮地を助け、旅路の最後を見届けることを彼に約束させた、十六歳の少女だった。


「セナちゃん、なのか?」


「にゃはは、本当にセイジは可愛いねぇ」


 ぺろり、とセナは動けないセイジの頬を真っ赤な舌で舐める。

 発情したかのようにヘーゼルアイはギラギラと輝いていて、危険な匂いを全身から漂わせていた。


「これはどういうこと? どうして僕は、君が……そもそもここはどこなんだ?」


「ここはナンポロ病院の安置室。うちが院長さんにお願いしたら、貸してくれたんだ」


「院長にお願い? いったいどういう……」


「これを見せれば、だいたいの人はお願いを聞いてくれる。ここはそういう国なんだよ。セイジならよく知ってるでしょ?」


 白衣のポケットから取り出される見覚えのあるカード。

 そこには国公認の証が記されている。

 SeIReに所属する者のみが持つ、貞操管理者証明書。

 それを当たり前のように手でひらひらとさせるセナは心底楽しそうだった。


「そ、そんな、ありえない。だって君は十六歳だろう? まだ貞操管理者にはなれないはずだ」


「何事にも例外はあるんだよ、セイジ。うちが貞操管理者になったのは今から二年前、十四歳の時。もちろん非公式だけど、ちょっとお父さんにお願いして試験を受けさせてもらったら合格しちゃったわけ」


 ヒンッ! と思わずセイジは嬌声を上げてしまう。

 それは耳たぶをセナに甘噛みされたからだ。

 非公式的に史上最年少で貞操管理者試験を合格した異能の神童。

 それが石沢セナの正体だったのだ。


「でも、どうして? もし君がSeIReの人間なら、もっと早くに僕を捕まえることができたはずだ。むしろ君は僕の逃走を手助けしたじゃないか」


「にゃは、知ってるセイジ? 太平洋に住むシャチはさ、キングサーモンしか食べないんだよ? 見た目がほとんど同じギンザケやベニザケには目もくれず、キングサーモンばかり食べる。なぜだかわかる? ……簡単だよ、キングサーモンが一番脂肪率が高くて、美味しいんだ」


 ぱち、ぱち、ぱち、と焦らすようにセイジのシャツのボタンを上から外していくと、そのままズボンのボタンも外し、チャックを下ろしていく。


「うちもさ、シャチと同じでグルメな偏食家なわけ。普通の男じゃ満足できない。……童貞じゃなきゃイけない身体なの」


 躊躇することなく社会の窓の内側に手を突っ込み、シャイなセイジの息子をむりやり外に引っ張り出す。

 外部からの刺激に弱いそれはセナが少し擦ってやれば、あっという間にギンギンタラスになった。


「うぅっ……も、もし、君が童貞マニアの変態だとしても、僕の貞操を奪うタイミングなんてこれまで何度もあったはずだ。どうして、どうして今更? やっと会えるのに、やっと彼女に会えるのに!」


「にゃはは、この仕事は最高だよ。うちが何もしなくても、向こうから童貞がやってきて、うちが欲しいとせがんでくるんだ。……だけどさ、それももう、飽きちゃったんだよねぇ。もっと刺激が欲しいわけ。わかる? たとえばさ、一途に恋をし続ける童貞を、片想いをしている相手の目の前で犯しちゃうとかどう? 最高に興奮すると思わない?」


「……かれてる。セナちゃん、君は壊れてるよ」


 ついに明かされたセナの本当の目的。

 それはこれまでずっと待ち望んだ約束の相手である富岡ミユリの前で、セイジの童貞を奪うことだった。

 シチュエーションありきの童貞フェチ。

 戦慄するようなセナの性癖に、イチモツだけでなく鳥肌もセイジは立てる。


「ねえ? 今どんな気持ち? 大切な友人を犠牲にして、法を破ってまでも守り抜いてきた童貞が、大好きなミユリちゃんの前で奪われることになるのを想像して、どんな気持ちになる? ねえねえ、教えてよ」


 邪悪な笑みを携えて、緩慢な動きでセイジの男根をシごいていく。

 ぬるぬるとした自家製ローションが溢れ出し、快楽に精神が汚染されていく。


「ミズキちゃんの部屋にはこの部屋にセイジがいることを教えておいてある。だから愛しのミユリちゃんが来た瞬間、うちがセイジの童貞を奪ってあげる。だからもう少し我慢してね? まだイっちゃだめだよ?」


「誰が、こんなので、イクもんか……っ!」


 口では強がっているが、セイジの下半身は完全にセナにコントロールされてしまっていた。

 所詮はただの童貞だ。

 人格がどれほど壊れてしまっていたとしても、正真正銘の美少女であるセナに弄られてしまえばいとも簡単に興奮してしまう。


「正直になりなよ。本当はうちにシて欲しいんでしょ? うちの身体が欲しいんでしょ? うちの裸を想像してヌいたりしてたんじゃない?」


「馬鹿言うなンッ……僕は、ちゃんとオナ禁三日目だハン……ッ!」


 トウキョウの自宅を出てから禁欲に努めていたため、むしろ普段よりも肉体的防御力は下がってしまっている。

 頼れるのは精神面だけだ。

 全神経を注いで自らの男性器を着脱式だと思い込む。


「しょうがないなぁ、じゃあご褒美にいいもの見せて上げる」


「くぅっ!? こ、これは……っ!」


 セナはそっと自らの白衣に手をかけると、そっと脱ぎ捨てる。

 露わになったのは黒一色のボンテージ。

 大人と子供のまさに中間という奇跡的な調和をみせる肉体に、官能的なエロスをこれでもかと振り撒かせるランジェリーに、セイジは半擦りで至ってしまいそうなほど興奮してしまった。


「にゃはは、もう爆発しそうじゃん。これ、うちに挿れた瞬間、即暴発間違いなしだね」


「はぁ……はぁ……はぁ……くそっ、僕にもっと力があれば……っ!」


 具体的にどんな力があればこの状況下から抜け出せるのかはわからないが、とにかくセイジは自らの実力不足を痛感していた。

 このままでは童貞喪失と共に、絶頂のアヘ顔を富岡ミユリに晒してしまうことは間違いない。

 十数年振りの再会で、他の女性に昇天させられる様を見せるなんて、想像しただけで泣きたくなった。


「……うん? どうやら、ついに来たみたいだね。よかったね、セイジ。もうじき楽になれるよ」


 耳を澄ますと、たしかに地面を叩く靴のカツ、カツという渇いた音が聴こえた。

 白衣を床に捨てたセナはそっと手を自らの陰部に沿わせてクチュクチュと音を立てると、その濡れた指をキャンディーのように舐め味わう。

 カツ、カツ、と僅かに聴こえていた靴音が、暗室の扉の向こう側で止まる。

 数秒の間を置いてゆっくりと開かれる扉。

 そこから姿を見せたのは、黒のタイトスカートにグレイのブラウスを着て、顔の上半分を仮面で隠した少女だった。


「君はたしか……?」


「へぇ? これは驚いた。まさかセイジの約束の相手が、“同僚”だったなんて」


 ニッポン国民の貞操を管理し、調整することを職務とする国家最高峰のエリート。

 貞操管理者、間違いなくそう呼ばれるこれまでずっとセイジを追い続けてきた宿敵が、そこには立っている。

 しかしセナと同じ様に、顔の上半分の仮面を迷うことなく外し、少女は自らの相貌を露わにする。

 気品溢れる切れ長の二重瞼。

 鼻は高く、薄い唇は気品よく結ばれている。

 形のよい吊り気味の眉からは意志の強さが垣間見え、冷然とした表情は絵画のように均整がとれている。

 全てを見透かすようなアンバーに近い明るい茶色の瞳はミズキと非常に似たもの。


 交錯する視線と視線。

 今度は二人の想いを遮る障害マスクが存在しない。


 セイジには一目で理解することができた。

 ついに待ち望んだその時が来たのだと。

 約束の時は、今だった。



「やっと会えましたね、大塚セイジ……ううん、やっと会えたね、セイジくん」





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