ドウテイ



 いざナスぽーとの中に入ると、雨の日のトウキョウ湾ネズニーランドくらいには人の姿が見えた。

 オープンしてからそれほど時間が経っていないということで、まだまだトチギ民の心を捉えて離さないのだろう。

 気づかぬうちにレモンミルクの紙パックを購入し、ストローでチュウチュウとやるマモルと共に、やや興奮した面持ちでセイジは辺りを見回していた。


「フードコートはあっちみたいだぞ」


「あ、はい」


 高校に入ってからはバイト漬けの日々で、こうやって友人とどこかショッピングモールに遊びに行くこともなかった。

 そのせいかセイジは明るい喧騒とエレクトロダンスミュージックらしき店内BGMを耳にするだけで、自分が今指名手配の童貞であることを忘れてテンションを上げてしまうのだった。


「うーん、なんかウツノミヤ餃子フードコートにはなさそうだな。なんで王将はあるのに、ウツノミヤ餃子は売ってないんだ? 他のところにあるのか?」


「べつに僕は王将の餃子でもいいですよ」


「いや、王将の餃子食べるくらいなら、他のもの適当に食べた方がいいな。まあたぶんウツノミヤ餃子はお惣菜コーナーとかお土産屋の方にあるんだろ」


 フードコートに到着すると、まずは空いている席を探す。

 客層は若い人が多く、授業はどうしたんだと思うような制服姿の子供たちも結構な人数目に入った。

 顔の上部を仮面で隠した正規の格好をした貞操管理者もいなければ、いきなり乳房を顔面にぶつけて股間を握ってくる気配を漂わせる女性も今のところ見つからない。

 セイジはとりあえず落ち着いて食事をとることができそうだと胸を撫で下ろした。


「あそこ空いてるな」


「じゃあちょっと水とってきます」


「お、さんきゅ」


 手頃な場所に空席を見つけると、席取りはマモルに任せてセイジは無料ドリンクサーバーへと向かう。

 二、三人並んでいたが、ただ水を汲むだけだ。すぐに順番が巡ってくる。

 紙コップを二つとると、なみなみと水を注ぐ。

 水を目の前にして思い出したように喉の渇きを感じ、一回飲み干す。

 冷たい液体が喉を通っていくのが分かり、もう一杯飲んでおいた。

 二回紙コップを空にして満足したセイジは、二人分の水を用意し、マモルの待つ席へと向かおうと踵を返す。


「きゃっ!」


「うぇっ!?」


 どんっ、としかし軽い衝撃を二の腕の辺りに感じ、同時に可愛らしい声が目の前からする。

 まずいと思った時にはすでに時遅く、持っていた紙コップの水が大波を立て宙を舞うのだった。


「あ、あ、すいません! 大丈夫ですか!?」


「ううん! 全然大丈夫! うちの方こそごめんね! 全然前見てなくて!」


 どうやら後ろに人がいるのにも関わらず、気づかずに振り向いてぶつかってしまったらしい。

 久し振りに賑やかな場所へ来て、やはり注意力散漫になっていたのだろうか。

 まるで気配を感じず、事前に察知することのできなかったことをセイジは猛烈に自省した。

 ぶつかってしまった相手は背が低く、セイジよりもさらに若そうで中学生程度に見える。

 髪の毛は鮮やかなチェリー色に染まっていて、シミ一つない真っ白な肌に映えていた。


「まあお兄さんのせいで、ちょっと濡れちゃったけど」


「え? ……あ、ごめんなさい! い、今、なんか拭くものを!」


「なぁにぃ? お兄さん、拭いてくれるの?」


「あ、えと、その、ごめんなさい、そういうわけじゃなくてなんといいますか自分で拭いてもらう形にしていただくというかああもちろん非はこちらにあるのにそちら側にお手を煩わせるのもどうかとは思うのですがそのですねえーと……」


「にゃはは! 冗談だよー。お兄さん焦り過ぎぃ。童貞でもあるまいし。夏だしこんなのすぐ乾くから大丈夫だと思う!」


 童貞でもあるまいし、という少女の言葉にセイジは心臓がキュッとなる。

 さらに少女が水で濡れてしまった“DIG ME BY YOUR DICK”と英字で書かれた黒のティーシャツを手でひらひらとすると、年相応に未発達な胸部と服の間に微妙に隙間が生まれ、髪色よりよっぽどピンクな下着がちらちらと見えてしまう。

 こんな若い子に発情したら性犯罪者になってしまうと、とっくのとうにニッポン政府公認の性犯罪になっているセイジは、必死で下半身に送られる血液をせき止めようとした。


「なんかお兄さん、カワイイ人だね」


 少女は妖艶に下唇を舐め、品定めするかのようにセイジの全身を下から上へと眺め見る。

 そんな彼女の猫に似た視線からどこか貞操本能的に危険なものを感じたセイジは、身を緊張に少し固くさせた。


「……じゃ、うちはもう行くね。ばいばーい、カワイイお兄さん」


「え? あ、はい。本当にすいませんでした」


「うちの方が年下なんだから、そんな畏まらなくていいいんだよ。そうした方が男らしくなるし、モテるようになると思うよー!」


 しかし拍子抜けするようにあっさりと少女はセイジの下から去って行く。一瞬SeIReに所属する人間かと疑った自分がセイジは恥ずかしくなってしまう。

 冷静に考えれば彼女は貞操管理者になるにはあまりに若すぎる。

 それにしても一目でモテないってやっぱりわかるもんなんだな、と別の理由でも情けない気分になったセイジは待たせているであろうマモルの下へ急ぐのだった。



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