イモウト
富岡ミズキいわく、つまりはこういうことだったらしい。
幼少期から骨髄に問題を抱えていたミズキは、ほとんど自宅から出ることができず退屈に過ごしていた。
そこでそんな彼女と一緒に遊べるように、いつも姉のミユリとテレビゲームをして過ごしていたという。
ミズキがゲーム上で“Miyuri Tomioka”という名前のオンラインアカウントを使用していたのは、そのアカウントを作成したのが姉のミユリで、そのまま姉妹の共有アカウントとしたことが理由だった。
話を聞くところによると、今から十年以上前から、そして今でも時々ミズキは姉からセイジとの思い出を語って聞かせるとのことだ。
それを知ったセイジは言いようのない嬉しさから心が熱くなった。
「お姉ちゃんは小学校低学年を過ぎた辺りから、親の事情で海外に引っ越しちゃったんだけど、その時にこの髪飾りを私にくれたんです。これを見て、お姉ちゃんを思い出してって」
「そうだったんだ。全然知らなかった」
さらにホッカイドウに引っ越してからしばらくして、その後ミユリは海外にまた引っ越してしまっていたようだ。
身体に負荷をかけられないミズキはニッポンに残したまま。
「ずっとお姉ちゃんとはメールだけのやりとりだったけど、その間もずっとお姉ちゃんはニッポン、というかセイジさんのことを懐かしんでましたよ」
「へへっ、なんか照れるな」
親の事情で離れ離れになってしまった姉妹。
それでも家族の絆が途切れることはなく、加えてセイジのことも忘れていなかった。
富岡ミユリという少女はずっと、セイジの知る富岡ミユリのままだったのだ。
「でも半年前くらいにお姉ちゃんニッポンに帰ってきたみたいなんです。ちょっと色々仕事の関係で忙しいらしくてまだ会ってはいないんですけど、昨日メールが来て、ちょうど今日お見舞いに来てくれるみたいです」
「仕事? ミユリちゃん、もう働いてるの?」
「みたいですね。詳しくはまだ知らないんですけど、海外のハイスクールを飛び級で卒業してるみたいです」
「す、凄いね」
スケールの大きすぎる離れ離れになっていた間のミユリの経歴を聞いて、セイジは少しだけ物怖じする。
どうやらミユリはとんでもなく優秀な才女だったらしい。
いくら昔仲が良く、再会したらコイビトになるという約束を交わしたからといって、セイジは平凡かはたまたそれ以下のどこにでもいる高校三年生だ。
ミユリとは身分の差があるような気がしてならなかった。
「だけど本当に驚いたな。このタイミングであの大塚セイジが私のところに来るなんて。本当奇跡みたい。お姉ちゃんも絶対驚きますよ! あれ? でもそもそもどうやってセイジさんはここに来たんですか? お姉ちゃんを探してここに来たんですよね? よく私が入院している場所がここだってわかりましたね」
「え? あ、うん、まあ、ちょっと色々な偶然が重なってというか」
「へー、素敵ですね。なんかロマンチックです」
偶然の要素などどこにもなく、必然も必然。
犯罪すれすれというよりかは実際に犯罪者になった状態なのだが、それをミズキに伝える気にはならなかった。
「ちなみに、ミユリちゃんが何時くらいに来るかはわかる?」
「うーん、それはちょっとわからないですけど、日が暮れる前には来ると思いますよ」
今頃SeIReが血眼になって自分を探していることだろう。
タイムリミットがあるセイジは、ひたすらに自分が捕まってしまう前にミユリがやってくることを祈るばかりだった。
「そっか。じゃあ、ここでミユリちゃんを待っていてもいいかな?」
「もちろんですよ。一緒にゲームでもしますか?」
「いいね。僕、下手くそだけど」
「知ってます。お姉ちゃんが言ってました」
そんなことまで妹に話しているのか、とセイジは若干苦笑する。
話した印象だと、妹のミズキの方が姉のミユリよりやや明るく裏表のない性格のようだ。
彼の記憶ではミユリはもう少し飄々とした性格をしていた。
そのくせ妙に純粋な一面を持って、自分だけの哲学を持った、俗にいう頑固者なところもある。
もちろんそれら全部を含めてセイジはミユリのことが大好きだったのだが。
「ミズキちゃんは病気、大変なの?」
「まあ、そうですね。でも一番やばい時期はもう乗り越えました。去年辺りが本当に生きるか死ぬかの瀬戸際って感じだったんですけど、なんとか今年の春に手術に成功しました。まだ後何回か手術しなくちゃいけないみたいなんですけど、お医者さんが言うには山場は超えたって」
「そうだったんだ。でもよかったよ」
「ですね。結構大掛かりな手術で、費用の問題でできないかもって言われてましたけど、なんか家族の誰かが払ってくれたみたいです。お父さんはそこまでお金持ちじゃないので、親戚の誰かですかね。手術費用を肩代わりしてくれたのが誰なのか教えて貰ってないので、詳しくは知りませんけど」
退院したらお礼言いにいかなくちゃですよね、とミズキが言うので、その時は自分も一緒に行って感謝を伝えたいとセイジが言うと、彼女はきっとこういうところなんですね、と言っておかしそうに笑った。
「だけど正直、お姉ちゃんが通ってた大学を中退してニッポンに帰国したの、私のせいなんじゃないかなって思ってるんです。私が去年の頭くらいにもしかしたらもうあんまり長く生きられないかもって弱音吐いたことあったんですけど、その時にお姉ちゃん凄い心配してくれて、すぐに行くから待っててって言ったんですよ。絶対私のせいですよね?」
「そんなことがあったんだ。それはたしかにミズキちゃんの傍にいたかったのが理由かもしれないね。だけど、それはミユリちゃんが真剣に考えて自分で選んだことだから、ミズキちゃんが責任を感じることはないと思うよ。それにどうも僕の想像以上にミユリちゃんは頭がいいみたいだから、もしまた大学に戻りたくなったら、簡単に戻れるんじゃないかな」
「あははっ、すごい。本当にすごいです。それ、お姉ちゃんも同じこと言ってました。あんな簡単な試験、十回受ければ十回受かるから大丈夫、って。たしかケンブリだかカンブリみたいな名前の大学で、結構名門校だったと思うんですけど。お姉ちゃんって案外天才肌なんですよね」
ブリの刺身が食べたいなぁと思いながら、セイジは過去にミユリが示してきた覚悟の話を聞く。
十代半ばで大学に通うことも凄いが、それをあっさり中退して妹の下に飛んで来ようとしたというミユリらしい選択の話を聞くと、ますますセイジは彼女の事が好きになった。
それはもはや、魅力的過ぎるくらい。
セイジのことや、約束のことを覚えているということは確かみたいが、だからといってミユリがまだ約束を果たすつもりがあるかははなはだ疑問だった。
ここまで能力的に人格的にも素晴らしいと、おそらく他のもっと自分より優れた男たちに言い寄られているはずだ。
かたや今の自分はこの約十年の間他の異性に興味を示されることもなく、今や男性貞操維持禁止法を破った性犯罪者だ。
セイジはこれまでで一番ミユリに近づいているはずなのに、これまでで一番ミユリを遠くに感じていた。
「二人ともー、飲み物持ってきたけど、いるー?」
「あ、ありがとうセナちゃん」
「どうもありがとうございますセナさん」
するとセイジとミズキに気を利かせてか、しばらくの間病室から姿を消していたセナが両手に紙コップを持って戻ってくる。
すでにセナのことは友人としてミズキにも紹介してあった。
「ウーロンチャとリョクチャあるけど、どっちがいい?」
「ミズキちゃんはどっちがいい?」
「じゃあ私はリョクチャで」
「なら僕はウーロンチャを貰うよ」
「はーい。どうぞどうぞ」
ゲーム機のセッティングをするミズキと、二つ目のコントローラーを手に持ち方の確認をするセイジにそれぞれセナは飲み物を渡す。
本人はあまり喉が渇いていないのか、セナ自身の分は用意してこなかったようだ。
「準備できました。さっそくやりましょう、セイジさん」
「おっけー」
ミズキの準備ができたようで、気合を入れようとセイジはウーロンチャをぐいっと飲む。
彼女が言うには今からやるのは、コープという協力プレイのモードらしい。
いくらゲームが得意ではないといっても年上のプライドがある。セイジは意識を集中した。
「……ん? あれ……なんだろう、急に眠気が……」
集中しようと決意したその矢先、やけに視界が霧に包まれるように不明瞭になっていく。
このままではいけないと目元を必死で擦るが、前触れのない暴力的なまでの睡魔にセイジはまるで抵抗できない。
「……うん? ごめんなさい、セイジさん、私なんか急に眠く……」
ゲームはすでに始まっている。
しかしセイジのプレイしているキャラクターだけでなく、ミズキのプレイしているキャラクターも一向に動く気配はなく、画面は時が止まってしまったかのように静止していた。
「……ぶるーぼーるず、ぶるーぼーるず。タワーは完成した。あとはゆっくり崩すだけ……」
興奮を必死で抑え込むような上擦った声の媚惑的な歌が鼓膜に反響する。
抗うことのできない闇に心を絡めとられ、そしてセイジはそこで意識を手放した。
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