キョウハンシャ




 タンタンタン、と落ち着きなくハンドルを指で叩きながら、マモルはセイジがやってくるのを今か今かと待っていた。

 すでにセイジと別れてから、数十分以上経過している。

 頭をよぎるのは嫌な想像ばかりで、あぶら汗が額に滲んだ。


「……お! 来たな!」


 それから待つことまた数分。

 全ては杞憂に終わり、ずっと待ち望んでいた人物が視界に入る。

 辺りを慎重に注意しながら、小走りで駆け寄ってくるのはつば付きのキャップを深く被った痩身の少年、セイジだった。


「あ? なんだあいつ? 女連れか?」


 しかしセイジの背後にはぴったりと背の低いピンク色の髪をした少女がついてきていて、その事をセイジは自覚しているようだが気にするそぶりを見せていない。

 エンジンをかけながら、道路の往行状況を確認し、いつでも発車できるようマモルは準備を整える。


「マモルさん! お待たせしました!」


「お、おう。無事だったんだな、大塚。安心したぜ」


 助手席に勢いよく乗り込んでくるセイジは全身汗だくになっていて、熾烈な逃走劇を繰り広げてきたのであろうことが分かる。


「おじゃましまーす」


 後ろのドアが開かれ、セイジに続くようにして見知らぬ少女も乗り込んでくる。

 その少女も乗ってくるであろうことを、だいたい予想していたマモルはとりあえずそのまま発進することにした。

 水色のミニバンはぐんぐんとスピードを上げ、ナスぽーとから瞬く間に離れていく。


「……で、後ろのそのガキは誰なんだよ? 大塚お前、やたら時間がかかってると思ったらナンパしてたのか?」


「ち、違いますよ! 彼女は石沢セナ。SeIReに追いかけられてる時に助けてもらったんです」


「どうもー、石沢セナでーす。マモルくんのことはもうセイジから聞いてまーす」


「マモルくんってお前やけに馴れ馴れしいな」


 運転席と助手席の間に顔を出すようにする少女——セナの見た目は中学生くらいにしか見えない。

 平日の昼間に制服も着ずにいる彼女はあまりにも不審気で、どうしてセイジについてくることになったのか疑問だった。


「なんでこのチンチクリンが当たり前のように俺の車に乗ってんだ? お前、自分がどういう状況かこいつにちゃんと教えてんだろうな?」


「もちろんですよ。僕が国家反逆罪的な意味での童貞だってことはもう伝えてあります。でも、なんかどうしてもついてきたいって言って聞かないんです」


「なんだそりゃ。意味がわからん。童貞フェチか? 気持ち悪いな」


「にゃはは、気持ち悪いって酷くなーい? 十六の女の子に対して失礼じゃない? それにたとえ童貞が好みだったとしても、経験人数二桁以上のべてらんさんじゃないと嫌だって言ったとしても、ヒトの自由でしょ?」


「まあ、いつだって人間の自由は醜さを浮き彫りにするからな」


「なんかそれっぽいですね! 哲学者マモル・タキ引用、ですか!? マモルさん!」


「大塚お前は黙れ」


 どうやらセナは十六歳らしい。

 セイジやマモルのだいたい想像通りの年齢だった。

 奇抜な髪色や、おどけた態度から察するにまともに学校に行っていない不良の類なのかもしれないとマモルは思った。

 そうであればセイジのような非行に走ったアウトローに惹かれる部分があってもおかしくないと考えられなくもない。


「なんかセイジって十八を超えてもまだ童貞で、SeIReから指名手配中なんでしょ? それで昔片想いしてた女の子に会うためにホッカイドウ行くとか言っててマジウケるよね。これは付いて行くしかないでしょ。絶対面白いじゃん」


「か、片想いじゃなくて両想いだから」


「にゃはは、まじウケるんだけど」


 でもまあ一応応援してるよ、と言葉を続けるセナは心底楽しそうだった。

 偶然出会った政府に追われる童貞の逃走の手助けをし、さらにその後も行動を共にしようとするセナが、どういうつもりなのかマモルにはさっぱり理解が及ばない。

 最近の若い子は何を考えているのだか、と二十歳とは思えない老骨染みたことを思うばかりだ。


「なんでもいいが、自分が“共犯者”になってる自覚は持ってんだろうな? 俺たちは責任は取らないぞ?」


「心配ゴム用。それくらいの覚悟はできてるよーん」


「本当かよ? おい大塚。本当にこいつ大丈夫なのか? なんか信用ならないというか、ダメっぽいぞ?」


「大丈夫ですよ、たぶん。僕のこと助けてくれたのは事実ですから。それに置いていったら犯されそうになったってSeIReに通報するって強迫されてるんで、僕たちに拒否権はないです」


「全然大丈夫じゃねーなおい」


「にゃははは、ホッカイドウまでよろしくねー、セイジ、マモルくん」


 あくまで軽い調子で快活に笑うセナのことを、不本意ながらもマモルは受け入れることにする。

 実際にすでに車に乗せてしまっているのだ。

 今更じたばたしても何も変わりはしないだろう。

 そしてマモルはハンドルを回し、トウホク高速道路とは違う方へ車を走らせる。

 セイジと別れた時にオフにしていた携帯の電源と同様に、カーナビのスイッチも切ってしまう。


「あれ? マモルさん。どこに行くんですか?」


「俺たちが車を使ってることはたぶんもうバレてるみたいだからな。こっからは下道で行く。下手したら高速はもう検問されてるかもしれないからな」


「でもホッカイドウに行くためには、結局最後は高速使わないとだめですよね?」


「ああ、そうだな。正直車でホッカイドウに行くのは実質不可能だろう」


「え? じゃあどうするんですか? 飛行機も車もだめとなると、もうホッカイドウに行く方法ないじゃないですか」


「そんなことはないさ」


 セイジの現在地がSeIReに知られてしまったということで、車での移動を前提に今後は追跡をしてくることが予想される。

 自分の素性が気づかれこと可能性を想定して、これで自らの位置を特定できるようなGPSの類も全て断ち切った。

 ホッカイドウまでの道のりはわからなくても、これから目指す場所までの道のりは過去に一度調べたことがあったので、何となく覚えていた。


「あ、うちマモルくんが考えていることわかったかも。でも道わかるの?」


「“そっち”の方にちょっとした知り合いが住んでてな。高速を使わないで下道で行ったことが一回だけある」


「へぇー、そうなんだぁ」


「あ、あの、僕だけまだ話についていけてないんですけど?」


 心配そうな声を漏らすセイジを少し見ると、マモルはふっと笑ってみせる。

 最終的に目指す場所がホッカイドウなのはもちろん変わらない。

 ただその道程に少しのバリエーションを加えようとしただけだった。


「空もだめ、陸もだめと来たら、もう残るはあと一つしかないだろ? ……大塚、海の上を渡るぞ。お前の約束とやらを果たすためにな」



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