ヘイコウセン



 M.Y.4——本名、谷治ヤジミユリはついに大塚セイジとの接触に成功した喜びを噛み締めつつ、どうやってこの状況に収まりをつけようか考えていた。

 親の事情、簡単にいえば両親の離婚により苗字も変わり、生活圏も海外になってしまっていたミユリがニッポンに戻ってきたのは、難病を患う妹のミズキを救うためだった。

 ミズキは困難な手術を必要とするほど肉体的に瀕していたが、手術費用は莫大で、到底ミズキの保護者である普通のサラリーマンである父にも、ミズキの親権こそ持っていないが血の繋がった雑誌記者の母にも到底払えるものではなかった。


 そこでミユリは決心したのだ。自分が何とかしようと。


 ニッポンには貞操管理者という一種の特権階級のような職業が存在し、その社会的信用性は非常に高いという。

 ゆえに自らが貞操管理者になれば、ミズキの手術費用分の多額の借金すら簡単に借りれると判断したのだ。

 その後一年をかけて貞操管理者試験の対策を行い、見事今年の春に合格を果たした。

 そのおかげでミズキは手術を無事受けることができたのだった。

 ただ、成り行きで貞操管理者になってしまったミユリには唯一の後悔があった。

 それは普通に貞操管理者として働けば、今から十年以上も前にしたとある約束を守れないということ。


 その約束とは、とある少年とコイビトになるという約束。


 コイビト以外とはエッチをしないという誓いを勝手に胸にしまっていたミユリは、いまだにその約束を大事に覚えていた。

 しかし、偶然か必然か、そんな矛盾した苦悩を抱えるミユリの下に、とある童貞の出現が知らされる。

 その童貞の名は大塚セイジといい、間違いなくミユリが約束をした少年だった。

 どうして彼が法を破ってまで貞操を守り抜き、ホッカイドウを目指しているのか最初はわからなかったミユリだが、やがて気づく。

 ホッカイドウ。

 それはかつてセイジに最後に自分が伝えた引っ越し先。

 貞操を頑なに守ろうとするのは、おそらく彼も自分と同じ約束を覚えているからなのだと。

 そしてついにセイジとの再会を果たし、近くで視線を交わし合って確信した。


 約束はまだ生きている。


 御伽噺のような純愛と純潔を信じていたのは、自分だけではなかったのだと、ミユリは確信したのだ。

 また同時にミユリは絶望する。

 幼い自らの軽はずみな約束のせいで、最も愛する人間が犯罪者になってしまったことを。

 これは想い人を罪人にしてしまった自分への復讐であり、また唯一無二のコイビトへの贖罪だったのだ。


「あなたがミユリちゃん? ふーん? セイジの哀れな姿を見てショックを受けるような初心な子じゃないってのは、ちょっと計算外かも」


「ナンポロ病院の院長から聞いています。どうやら貴女も貞操管理者のようですね」


「にゃはは、そうだよー? だったらどうする?」


「……どうもしません。そこをどいてください、彼の童貞は私のものです」


「にゃはっ! いいねぇ!? そういう態度、嫌いじゃないよ?」


「ロリで痴女なんて、地上波絶対NGの属性付きは引っ込んでてください」


 年齢は自分より下に見えるが、その身から溢れるオーラは歴戦の猛者のものだ。

 ミユリも噂には聞いたことがある。

 自分以外にも新人研修の後に、人格に問題アリ、要改善とされたルーキーがかつて一人いたということを。

 その人物は非公式ながら歴代最年少で貞操管理者試験を合格した麒麟児で、偏執的な挿入癖があることで何度もSeIReからの停職処分を受けている問題児であると。


「……貴女が仕事以外で無差別に童貞を犯して回る、噂の貞操病質者チェリオパスですね」


「正〜解〜、うちってもしかして結構有名人? ……まあ、うちのこと知ってるなら話が早い。あんたの愛しのダーリンの童貞が奪われる様を、クリを咥えて眺めてるといいよ」


 実際に会って薄々勘付いてはいたが、相手は話し合いをしてどうにかなる相手ではない。

 会話は平行線。

 欲しいものは実力で手に入れるしかなかった。



「申し訳ありませんが、その童貞は予約済みなんですよ、“先輩”」


「むしろ予約済みだから欲しいんだよねぇ、こういうシチュが一番滾るわけよ、“後輩”」



 貞操管理者同士の戦いに決着をつける方法はたった一つだ。


 ——先にイった方が負け。


 たった、それだけだった。




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