第2話
画面内のキャラクター、猫の耳のついた頭飾りを付け、メイド服のような服を着た可愛らしい少女のキャラクターだ。
それが、ガッツポーズをした。
キャラクターの頭上には大きく『LEVEL UP』の文字が表示されていた。
次いで、『MISSION CLEAR』の文字が表示されて、画面が切り替わり、人が沢山いる街の中の様子が映し出された。
それを見ながら、少女はようやくヘッドホンを外した、そのヘッドホンも、画面のキャラクターに合わせて猫の耳の飾りが付いていた。
「……クリアーおめでとう」
煌は、少女の背中に向かって言う。
少女は振り返らない、自分がいる事には、きっと既に気づいていたのだろう、それでも振り返らなかったのは、会話する気は無い、という意志の表れだろう。
それでも。
煌は、少女に言う。
「果詠」
水城果詠(みずしろかえ)。
煌の妹、現在は大学一年生という年齢だけれど、大学には通っていない。
そればかりか、果詠は自宅にも、もう一年以上戻っていない、このアパートは、家を出る時に、父が適当に見つけて来た物だった、本来ならば父は、家も与えずに妹を放り出すつもりだった様だが、煌が『せめて何処にいるか把握出来る場所にいさせろ』と、父を説き伏せて用意させたのだ。
それから一年の間、果詠はこうしてこのアパートに閉じこもり、日がな一日ゲームに興じている。
室内を見回せば、古い物から最新の物まで、沢山のゲーム機やソフトが、あちこちに乱雑に置かれていた、特に新しい物だけをプレイする、という訳でも無ければ、古い物ばかりをえり好みしている、という訳でも無く、妹が気に入った色々なゲームが、この部屋には置かれているのだ。
「……果詠」
煌は、妹に声をかける。
だけど果詠は、興味も無い、という様子で、すぐにまた別なゲームを起動させていた。
「……果詠、今日はお前に……話があるんだ」
煌は言う。
果詠は何も言わない。
「……僕は、もうすぐアメリカに行く」
煌は、はっきりとした口調で告げる。
「父さんの指示なんだ、僕はそれに逆らう事が出来ない」
果詠は、それでも何も言わず、黙ってゲームを始めた、今度はオンラインでは無い、未知の惑星が舞台のコマンドタイプRPGだ。
「こうして、お前の様子を見に来る事も、出来なくなってしまうんだ」
煌が言うが、果詠は振り向かない。
「……せめて、お前が成人するまでは、って、ずっと言っていたんだけど、もう、ダメだと言われてしまった、だから果詠、頼む……もう……」
煌は言う。
「……もう」
声がする。
小さい、大音量のゲームミュージックに紛れて聞こえなくなりそうな、本当に小さい声だったけれど、それでもはっきりと、煌の耳にその声は届いた。
「もう、ここには来ないで」
「果詠……」
煌は言う。
「そういうわけには行かない、僕がいなくなったら、多分父さんは、このアパートを無理にでも引き払わせる、お前の事を、そのまま放り出すかも知れないんだ」
煌は言う。
「私には」
果詠は、淡々とした口調で言う。
「どうでも良い話」
「バカ言うな!!」
煌は怒鳴った。
「ここを追い出されたら、一人でどうするつもりなんだ!? 家に帰るのか?」
煌は問いかける。
ほんの一瞬、果詠が本当に家に帰るかも知れない、そんな期待が頭に浮かんだけれど、果詠は首を横に振る。
「家には帰らない、帰れない」
果詠が言う。
「だったら……」
煌はさらに言おうとする。
「私の道は」
果詠は、煌の言葉を遮るように言う。
「私が自分で決める」
果詠は言う。
煌は何も言わない。
「私は……」
果詠は、小さい声で続けた。
「どうせ、いつ死んでも構わない」
「そんな事……」
無い。
煌がそう言うよりも早く。
「帰って」
果詠が、冷たい口調で言う。
「果詠、僕は……」
煌は果詠に声をかけようとする。
だけど。
「出てって」
果詠は、はっきりと言い、また再びヘッドホンを繋いだ。
「……っ」
煌は言葉を失い、そこに立ち尽くしていた。
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