第7話

 家を出た煌は、そのまま、夜風を心地良く感じながらも歩いていた。

 もう、『あの男』には頼らない。自分の力だけで妹を探す。

 そう決意して、煌は歩きながら、ポケットからスマートフォンを取り出した。

 登録されている番号の中から、一つを呼び出して電話をかける。

 ワンコールで相手が出る。

『もしもし?』

 聞こえて来たのは、気怠げな女性の声。煌にとっては馴染みのある声だ。もっとも、電話とはいえ、こうして直に話を聞くのは久しぶりだった。

「僕だ」

 煌はのんびりと言う。

『ボクダさん、という人は知り合いにはいないんだけどなあ』

 相手がふざけた口調で言う。

「……あのなあ」

 煌は顔をしかめて言う。

「今は、ちょっとそういうギャグが聞きたい気分じゃ無いんだ、聞きたい事が……」

『ボクは今忙しいんだけど?』

 面倒そうに彼女が言う。

「頼む、どうしても聞きたい事があるんだ、今からそっちに行っても良いか?」

 その言葉に、電話の向こうで僅かに沈黙した後。

『来たければ勝手にどうぞ、ただしボクは今、とてもお腹が空いている、『兵糧』を調達してきてくれ』

「……『兵糧』ね」

 煌は苦笑いと共に言う。

「解ったよ、食べ物を持って行く、それから……他に欲しいものは……?」

 煌が言う。

『エナジードリンク、十本は頼んだよ』

「……解った」

 煌は頷いた。

 そして煌は電話を切った。


 近くのコンビニに寄り、六枚切りの食パンと、エナジードリンクを十本、カゴに入れてレジへと持って行く。

「いらっしゃいませ」

 店員は愛想良く挨拶したけれど、何故か一瞬、煌の顔を見て表情を強張らせた。

「……?」

 煌が怪訝そうに店員を見返す。

「あ、失礼しました」

 店員はそう言って、カゴから取り出した商品を次々とレジに通していく。

 煌は黙って、その作業を見守っていた。


 コンビニを出た煌は、街の中心付近にある、大きなマンションの前に立っていた。

 煌が会いに来た相手は、このマンションの最上階、管理人の部屋に暮らしている、実際にはマンションの管理をしているの彼女の親であり、実家も別な場所にあるらしいのだけれど、彼女は親元を離れてここで暮らしているらしい。

 もっとも、独立した、というのでは無く、ただ単に、親とそりが合わない、というだけらしい。彼女は煌にとっては、妹以外では数少ない、心を許せる相手だが、そうなった理由は、彼女もまた、自分と同じく両親に恵まれない、という事で、奇妙な仲間意識みたいなものが芽生えたからだ、といえるかも知れない。

 煌はそんな事を考えながら、マンションのエントランスに入ると、壁際に設置された内線のボタンを押して管理人室を呼び出した。

 またしても呼び出し音は一度だけで、相手が出た。

『はいはーい』

「僕だ、食べ物と飲み物を買ってきた、入れてくれ」

 煌は言う。

『鍵は開けとくよ』

 相手がそう言って内線を切った。

 煌は黙って歩き出し、エレベーターに乗り込んだ。


 エレベーターに乗り込んで、最上階にある管理人室に入る。

 入り口の前に立ち、扉のノブに手をかけ、そのまま開ける。

 中は、真っ暗だった。廊下が伸び、その左右にどうやら部屋があるらしかった、左側はキッチン兼ダイニング、右側は寝室になっているらしい、廊下の奥の方にもまた部屋がある、そこは多分リビング、という場所なのだろうが、煌は彼女がそこにいるところを見た事が無い。

 煌は黙って靴を脱ぎ、真っ暗な管理人室の中で、唯一灯りが漏れている寝室へ向かった。

 寝室に入る。

「……やあ」

 煌が呼びかける。

 ただ寝る為だけの物でしか無い、折りたたみ式の簡易ベッド。

 家具らしい家具と言えばそれだけだった、作り付けの机の上には最新式のパソコンが設置されているが、今はそのパソコンは点いていない。

 その代わりに、部屋の左側に置かれた大きなテレビ。

 そのテレビの前には最新のゲーム機が置かれ、画面にゲームが大写しになっている。

 そして。

 そのテレビの前に座っている女性こそ、煌が会いに来た人間だ。

「……久しぶりだな」

 煌は呼びかけた。

「ああ、久しぶりだね、煌」

 相手がこちらを見た。

 煌はその言葉に、挨拶を返そうとした。だけど……

「っ」

 急に、ぐらり、と身体が傾く。

「……!?」

 何だ? と思う暇も無かった。

 煌はそのまま、ばん、と床に手を突いて倒れていた、持っていたコンビニの袋の中から、エナジードリンクがゴトン、と転がり落ちて床の上に落ちた。

「おい」

 声がする。

 だけど煌は、それに答える事も出来ないまま……

 その場に、どさり、とうつ伏せに倒れていた。

 そのまま……

 煌の意識は、ゆっくりと……

 ゆっくりと、遠のいて行った。

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