第8話
誰かが、呼んでいる。
女の子、だろうか?
甲高い、舌足らずな口調。
煌は、それに聞き覚えがあった。
そうだ……
あれは……
あれは、小さい頃の……
果詠の……
……兄さん。
果詠が。
煌の妹が、言う。
ずっと、一緒に……
ああ。
そうだ。
煌は思い出す。
これは、まだ小さい頃の記憶だ。
妹が、確か風邪で熱を出した時、仕事の忙しい父に代わって、自分が世話をした。
その時に、妹が弱々しく言った言葉。
……ずっと、一緒に……
いて……
ああ。
その時、煌は妹の手を取って。
しっかりと、頷いた。
頷いたのだ。
それなのに……
それなのに……
「……果詠っ!!」
煌は、叫ぶ様に名前を呼んで身体を起こした。
そこで煌は、自分が座布団の上で寝ている事に気付いたが、そんな事はどうでも良い。
だが。
妹からの返事の代わりに聞こえたのは、激しい戦いの音だ。
剣で何かを斬る音、それに合わせて血がしぶく音が聞こえ、さらに獣が吠える声も聞こえる。
やがて……
ずううん……
と。
大きな生き物が倒れる音が響き……
次いで聞こえたのは、軽快な音楽だ。
それらに、煌は聞き覚えがある。
そうだ。
妹が、よくプレイしていたゲームで、ボスを倒した時に流れるBGMだ。
煌は、ぼんやりする意識を無理に覚醒させ、そのBGMが流れる方に顔を向けた。
大きなモニターと、その前に置かれた最新のゲーム機。
そこに映っているのは、一人のキャラクターだ。
そして。
モニターからの逆光のせいで、黒い影にしか見えないが、間違い無く女性だと解る影が、 そこに座っている。
「……生憎だが……」
その影が、振り向きもせずに言う。
「ボクは、君の妹じゃないよ」
煌は、その声の主をじっと見る。
そして、ようやく思い出した。
そうだ。
自分は、妹を探して、手掛かりを求め、この友人を訪ねて来たのだ、言われた通りの買い物をして。
そして……
そうだ。
そこで突然、意識が遠のいて倒れてしまった。
一体、何が……
「俺は……」
煌は呟く。
「一体、何が……」
「倒れた件ならば……」
友人がのんびりした口調で告げた。
「とても簡単な理由さ」
そして。
彼女がゲームを停止させて、ゆっくりとこちらを振り返る。
そこにいたのは、煌と同年代の女性だ。
ろくに手入れのされていないボサボサの髪、ただ見えれば良い、いうのが解る地味な黒いフレームの眼鏡、その向こうで、くりくりとした大きな目が、煌の顔を見ていた。
「何か、精神的に参る出来事でもあったんだろう? それもかなり大きな出来事だ、それに今までずっと耐えて来た、で、ボクの家に来た途端、それが一気に爆発して倒れた、という訳さ」
彼女はそう言って、肩を竦める。
「全く、気が緩んだからと言って人の部屋で倒れないでくれよな? ボクは仮にも女性なんだぞ? 君の身体をベッドに持ち上げる事なんか出来ないし、とりあえず座布団を敷いて寝かせたんだ」
「……すまなかった」
煌は、彼女に頭を下げる。
「まあしかし……」
彼女が言う。
「何か、相当切羽詰まった状況らしい、という事はおかげで解ったよ、そうで無ければあんな顔色で街を歩きはしないだろうしな」
「……顔色?」
煌が問いかけると、女性はまた肩を竦めた。
「気づいて無かったのかい? この部屋で倒れた時の君の顔色と来たら、死体が歩いているのかと思ったくらいだったぞ? それで買い物なんかして、店員に何も言われなかったのか?」
そういえば、彼女に頼まれた物を買いに立ち寄ったコンビニで、店員が明の顔を見て何か、表情を強張らせていた事を思い出す。
だけど、今はそれよりも重要な事があるのだ。
煌は軽く頭を振り、改めて女性に。
『親友』に、向き直る。
「……今は、俺の事なんかどうでも良い」
煌は言う。
「教えて欲しい事があるんだ」
『親友』の顔を、真っ直ぐに見据え、そして……
煌は久しぶりに、彼女の名前を呼んだ。
「佐紀(さき)」
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