第9話
兵藤佐紀(ひょうどうさき)。
それがこの友人の名前だ。
煌とは、中学生の頃からの付き合いだ。『親友』、そう呼んでも良い間からだろう、少なくとも、煌は彼女の事をそう思っていた。
中学を卒業してからは、残念ながら別の高校に入る事になってしまい、直接会う機会は減ってしまって、こうして直に話すのは随分と久しぶりだ。
だけど。
その雰囲気は、中学の頃とまるで変わっていない、化粧っ気の無い顔に、地味でよれた服、ゲームの腕前も、あの当時から変わっていないらしかった。
最近の彼女の様子は、残念ながらメールのやりとり程度でしか知らないけれど、どうやら高校を中退して、今ではこの家に引きこもっているらしかった、その理由を、残念ながら煌は知らない。
しかしゲームにかける情熱は失われていないらしく、彼女はかなり凄腕の『ゲーマー』として有名で、あちこちのネットゲームのランキングでは、常に上位に食い込んでいるらしい。
様々なゲームのイベントなどにも参加しているらしく、ネットを通じて色々な『ゲーマー』達とも懇意にしているのだそうだ、彼女ならば……
彼女ならば、妹の行方に関して、何か……
何かを、知っているかも知れない。
煌は、そう思いながら佐紀の顔を見る。
「まあ」
佐紀が言う。
「とりあえずは話してご覧よ、ボクが力になれるかどうかはともかくとして、話せば楽になる事だって、世の中にはあるものさ」
その言葉に。
煌は頷いて、ぽつぽつとこれまでの経緯を話し始めた。
「なるほど」
しばらくして。
話を聞き終えた佐紀は、煌が買って来たエナジードリンクをぐび、と飲みながら頷いた。
「君の大切な妹ちゃんが行方不明となり、しかも君のお父上はそれを探す気が全く無い、と」
煌は何も言わない。佐紀も、煌には何も言わずに、またエナジードリンクを飲んで続けた。
「少しでも良いから妹ちゃんの手がかりが欲しい君は、ボクならば何かしらの手がかりを持っているかも知れない、そう考えてボクの元に来た、と、そういう事だね?」
「ああ」
煌が頷くと、佐紀は、はああ、と深くため息をついた。
「シスコンだなあ」
「『家族』を心配するのは当然だろ? もう……」
煌は息を吐いた。
「もう俺にとって、『家族』と呼べるのは妹しか……果詠しかいないんだ」
煌は言う。
それを聞き、佐紀はまたため息をついた。何だか呆れている様な、怒っている様な、そんな感じのため息だったけれど、煌は彼女がどうしてため息をついたのかが解らない。
「まあ、君のシスコンぶりは置いといて、だ」
佐紀は、空っぽになったエナジードリンクの缶を、床の上にかんっ、と置いた。
「はっきりと言うが、ボクは探偵じゃ無いし、刑事でも無い」
佐紀が言う。
「君の妹ちゃんを探すのなんか出来ない、君が本気で妹ちゃんを心配しているのなら、何を言われてもお父上に頭を下げて家に帰り、居所を探して貰う様に頼み込むべきだ、その方が危険も少ないし、妹ちゃんも安全に見つかるだろう、まあ、どれくらいかかるのかは解らないがね」
佐紀は早口でそう捲し立てる。
「ボクから言えるのはそんなところだ、さて、何か反論はあるかな?」
「お前の言ってる事は正しい」
煌は頷いた。
「その通り、そうしろと言われれば、それが一番正しいんだろう、という事も理解出来る、だけど……」
煌はじっと佐紀を見る。
「俺はかつて、妹の為に何もしてやれなかったんだ」
煌は言う。
佐紀は何も言わない。
煌は、じっと佐紀の顔を見る、この『親友』には、妹の件は話していない。
だけど、妹が汚されてから、明らかに自分は変わった、と思う。
だからきっと、彼女は何かを察している、と明は思っている。
「もう、何も出来ずにただ……」
煌は言う。
「ただ、待つだけなのは嫌なんだ」
佐紀の顔を、煌は真っ直ぐに見た。
「だから頼む、教えてくれ」
「……だからボクは……」
佐紀は言う。
だが煌は、佐紀の目をじっと見た。
「『探す事は出来ない』、と、言っていたな? だけど……」
煌は、微かに佐紀に笑いかけた。
「『手がかりが無い』とは言っていないだろう? お前」
「……っ」
佐紀は、鼻白んだ様子を見せた。
「なら、何か……」
じっと。
煌は佐紀を見る。
「何か、心当たりがあるんだ、違うか?」
その言葉に。
佐紀は、少しだけ。
少しだけ、楽しそうに笑った。
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