第10話

「頼む」

 煌は、佐紀に頭を下げる。

「教えてくれ」

 煌は言う。

「……心当たりは、まあ、ある」

 佐紀が言う。

「だけど、ボクの予想が正しい、とは限らないぜ?」

「それでも良い」

 煌は言う。

「今は、どんな手がかりでも欲しいんだ」

 煌は、はっきりと佐紀に向かって言う。

 佐紀は、ふうう、と息を吐いた。

「まあ、ボクとしても……」

 佐紀は言う。

「『ライバル』がいないのはつまらない、か」

「……?」

 煌は怪訝な顔になる。

 それを見て、佐紀は軽く笑った。

「ボクがあちこちのゲームの大会やイベントで、どうしても『優勝』出来ない原因は、まさに君の妹ちゃんなのさ」

 佐紀は言いながら、今までプレイしていたゲームの、最近のランキングイベントの順位を表示して見せる。

 二位のところには、『兵(つわもの)』という名前が表示されている。

「……これって……」

 煌は言う。

「ああ、ボクのゲーム上でのハンドルネームさ、苗字の兵藤から取って、『兵(つわもの)』、というわけさ、格好いいだろう?」

 佐紀は言う。

 だが煌はそれに何も言わずに、黙って一位の名前を見る。

 そこに表示されていたのは……

「『エカ』?」

 煌は呟く。

「ああ」

 佐紀は頷いた。

「……これは、もしかして……」

 煌は、佐紀の顔を見る。

「君の妹ちゃんだよ、名前の果詠を反対にして『エカ』、という訳だな」

 ふふ、と。

 佐紀が笑う。

「ボク達は、君や、君のお父上には悪いが、色々と女同士で密談する事も多かった、君の近況も、少しだけだが聞かされている、アメリカ行きとは、凄いじゃないか?」

「……あんな話は断ったよ」

 煌は言う。もっとも、それであの『男』が納得したのかどうかは解らないけれど。

「だからまあ……」

 佐紀はそれに何も言わずに続けた。

「彼女はボクにとっても、君と同じくらいに大切な『親友』でもあり、いつか超えたい『ライバル』でもある、という訳だ」

 佐紀は言いながら、煌を見る。

「だからこそ、ボクは協力を惜しみはしない、『親友』が二人共困っているのだからね」

「……佐紀」

 煌は、佐紀の顔を見る。

「という訳で、ボクからの手がかりを進呈しよう、とは思うのだけれど……」

 佐紀はそこで言葉を切り、じっと煌の顔を見る。

「何だよ?」

 煌は、佐紀に問いかける。

「……その前に、一つだけして貰いたい事があるんだ」

 佐紀は言いながら、ちらり、と。

 部屋の真ん中に置かれている、煌がさっき買って来た買い物袋に目をやった。

 その中にはまだ、煌が買って来たエナジードリンクと食パンが入っている。

 煌はそれを見、次いで佐紀の顔を見て、軽く息を吐いた。

「解ったよ、すぐに準備するから」

 煌はそう言って、ゆっくりと立ち上がる。

「うむ、三枚焼いてくれ、フレンチでな、何しろボクはお腹が空いている、二枚は確実に食べるぞ」

 佐紀はにこにこしながら言う。

「残り一枚はどうするんだ?」

 煌は問いかけた。

「そちらは、妹ちゃんを心配して、気を張り詰めて倒れてしまった、何処かのシスコンにサービスとして食べさせてやるよ」

 ふふん、と。

 佐紀は笑う。

「……サービスって、もともと俺が買って来たんだろうが?」

 煌は、呆れた口調で言う。

「買って来る様に言ったのはボクだ」

 佐紀は悪びれた様子も無く言う。

 煌は、軽く息を吐いた。

 こいつとのやりとりは、長い付き合いだけれど、いつもいつもこんな調子だ。佐紀の色々なわがままや無茶振りに、煌はいつも振り回され、呆れたり苦笑したりしながらも、最後にはこうして、彼女の頼みを聞いてしまう。

 だけど……

 今は……

 いつもと変わらないそのやりとりが……

 煌の心に、安心感をもたらしていた。

「……ありがとう」

 煌は、軽く笑って佐紀に言った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る