第4話

 翌日。

 煌は再び、いつものように妹のアパートにやって来た。

 アメリカへ行く。

 そう伝えた時の、妹の素っ気ない様子を思い出す。

 既に妹、果詠は、兄である煌の事など、どうでも良いと思っているのかも知れない。

 友人達から金を要求され、金が出せなくなれば自分を虐めた者達。

 そして挙げ句の果てには……

「……っ」

 煌は拳を握りしめた、もしもその時、煌がその場にいたら。

 その場におらずとも、一体誰がそんな事をしたのか、妹から無理にでも聞き出す事が出来たのならば……

 だが、いくら考えても意味の無い『たられば』だ。

 今は、何とかして妹を守ってやりたい。

 救ってやりたい。

 だが……

 一体どうすれば良いのだろう?

 そもそも、何をもって妹を『救った』、『守った』と言えるのだろうか? あのアパートに閉じこもり、一日中ゲームをしている妹の姿、あんな状態がまともだ、とは言えない、それは解っている、だが……

 妹を、また学校に通わせる?

 妹を、家に帰らせる?

 例えそれが出来たとして、妹の心は救われるのだろうか?

 妹は……それで喜ぶのだろうか?

 解らない。

 だけど……

 煌がこのままアメリカに行けば、父はきっと、妹を見放すだろう、煌はもともと、父の跡を継ぐ気なんか無かった。

 だが……

 自分には所詮、父の跡を継ぐ以外の才能なんか無かったのだ、だからこそ父の跡を継ぐしか出来ない、事件の後に、妹がこの生活を維持出来るだけの金を、父が妹に送っているのも、そうしないと父の跡を継いで勉強しない、と煌が脅したからだ。

 だけど……この街を離れてしまえば、今の様に付きっきりで妹の側にいる事が出来なくなる、となれば父は……

 父はきっと、妹の事を……

 だからこそ、早く何とかしないと。

 どうすれば良いのか、それは解らないけれど、とにかく、妹に会わないといけないだろう。

 煌は、そう思ってゆっくりとアパートに向かう。


「……?」

 妹の暮らすアパートが見えて来た。

 だが。

 そこに近づくに連れて、煌は奇妙な違和感を感じた。

 このアパートの近くには、街灯もろくに建っていないせいで、夜になると辺りはいつも真っ暗だ、唯一の灯りは、アパートの部屋から漏れる灯り程度しか無いのだが、このアパートはほとんどの部屋が無人なせいで、それもあまり期待出来ない、唯一の光源は、妹がいる部屋から漏れ出す僅かな灯りだけだ。

 だが。

 今日は、それすらも無い。

 アパート全体が、まるで大きな黒い塊の様にしか見えない。

 おかしい。

 何故今日に限ってこんなに暗いんだ?

 理由は、一つだけだ。

 煌は妹の部屋の方を見る。

 そこから灯りが漏れていない、妹の部屋が真っ暗なままだ。

「……?」

 煌は眉を寄せる。妹は、あの大きなテレビでずっとゲームをしている、夜になってもやっているから、そのテレビの灯りは、周囲の暗さも手伝ってかなり目立つはずだ。

 だけど……今はそれが無い、つまりは妹の部屋のテレビが点いていない、という事だ。

 もう寝てしまったのだろうか? 煌は腕時計の文字盤の発光ランプを押して時刻を確認した。

 夜七時をちょうど廻った辺り……眠るのには早い時間だ。

 煌は、ゆっくりとアパートの二階へと続く階段を上る。

 暗いせいで、階段の軋む音が、何だかいつもよりも大きく、そして不気味に感じられたけれど、煌は階段を上りきり、妹の部屋の前に立った。

 扉を軽くノックする。

 だがやはり、誰も出て来ない。

 煌は、ノブに手をかける。

「……開かない……」

 ここに来る様になってから一年、妹の部屋に鍵がかかっていた事など無いはずだ。

 だけど、今日は鍵がかかっている、もちろん、鍵をかけて出かける事くらいはあるだろう、だが……

 煌の知る限り、妹がこの部屋から外に出た事は無いはずだ、食事でも買いにコンビニへでも行っているだけかも知れないが……

 煌は、嫌な予感を感じずにはいられなかった。


 その後。

 いくら待っても、果詠は帰って来なかった。

 妹は……その日を境に姿を消した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る