親友とゲーム

第5話

 結局、その日いくら待っても妹はアパートには戻らず、煌は管理人を呼び、部屋の中を見せて貰った。

 部屋の中はもぬけの殻、いつも煌が来るたびに点いていたテレビは消えていた。

 灯りを点けて室内を調べたけれど、部屋にあるのは煌がいつも目にするものばかりだ、最新式のものから、煌達が生まれる前の年代のゲーム機、攻略本に攻略サイトの記事を印刷した紙の束、ノートパソコン、タブレット、現金の入った財布やスマートフォンまで置いてあった、金も持たずに、一体妹は何処に出かけたのだろうか?

 解らない。

 解っているのはただ一つ。

 妹は、部屋にはいない。いくら探しても、ここに妹はいない。

 煌は目を閉じ、ぎゅっ、と拳を握りしめた。

「……また、か……」

 煌は呟いた。

「また俺は……」

 煌は、項垂れる。


 かつて、妹が汚された時。

 自分はその時、妹を守ってやれなかった。

 否。

 妹が虐めを受けていた時にも、煌は結局、何の力にもなってやれなかった、いくら言っても妹は、自分が虐めを受けている事などを教えてくれなかった、今にして思えば、もしかしたら妹は、自分に言っても何の力にもなれないと思っていたからこそ、本当の事を話してくれなかったのかも知れない。

 そして今も……煌は妹を守れないままだ、何処に行ったのかも解らず、ここで……

 ここで、ただ佇んでいるだけ。


 思えばその前も、そうだった。

 煌には、母がいない。煌がまだ小学生の頃、妹の果詠を産んですぐに、病気で亡くなった。

 煌はその時、初めて人生で神に祈った。


 どうか、母を助けて下さい。


 だけど、結局それは叶わなかった。

 煌は、母を守れなかったのだ、病気なのだからどうする事も出来ない、みんながそう言ったけれど、煌の心の中には、自分がもっと……

 もっと、何か出来ていたら、という感情が、ずっと残っていた。


 そして……

 今回もまた、自分は妹を守れなかった。

 妹が虐めを受けている事に、もっと早く気づいていたら。

 妹が汚された時、自分が気づいていたら。

 妹の友人の本性に、気づいていたら。

 自分が……

 自分がもっと……

 もっと……


「果詠……」

 煌は、小さい声で妹の名前を呼んだ。

「果詠……」

 顔を上げる。

「……果詠、すまない」

 謝罪の言葉を口にする。

「果詠……!!」

 妹の名前を呼ぶ。

 帰って来てくれ。

 そういう願いを込めて。

 だけど、何処からも返事は無く、代わりに……


 ブブブブブブブ……

 ブブブブブブブ……


「っ!?」

 耳に届いたのは、煌のズボンのポケットの中でスマートフォンが振動する音。

 まさか、妹から!?

 慌ててポケットからスマートフォンを取り出してディスプレイを確認する。

 そこに表示されている番号を見る、だけど……

 それは、妹からでは無く……

 煌は黙って通話ボタンを押し、スマートフォンを耳に押し当てる。

「もしもし?」

 煌が呼びかける。

『今、何処にいる?』

 聞こえて来たのは、重厚感のある男性の声。

 その声は、煌にとっては聞き覚えがあり……

 そして……

 一番、聞きたく無い声だった。

「……妹が……」

 煌は言う。

「果詠が、何処かにいなくなってしまったんです」

 煌は言う。

『『アレ』がか?』

 声が言う。

「ええ、ですからすぐに探しに行かないと……」

 煌は言う。

 だが。

『放っておけ』

「……っ」

 声が、冷ややかに告げた。

 煌は息を呑んだ。

『『あれ』には、もはや何の価値も無い、放っておけ』

「……な 何を……」

 煌は言うが、電話の向こうからは冷たい声がまた再び響いた。

『放っておけ』

「……っ」

 煌は歯ぎしりする、それが……

「……それが、『父親』の言葉か!?」

 煌は怒鳴り付ける。

 だが電話の向こうでは、ふん、と鼻を鳴らす声がした。

『『あれ』には、もはや何の価値も無い、そう言ったはずだ』

 つまりは『価値』が無ければ、『娘』でも、『家族』でも無い、という事だ。

『そんな事より、早く帰って来い、夕食の時間までにな、食べたら勉強だ、それから今日は、少し話もある』

 それだけを一方的に告げて、電話はぶつ、と切れた。

 煌は、スマートフォンを握りつぶさんばかりの勢いで握りしめながら、その場に立っていた。

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