第26話

 バスを降り、湿った土の上に足を下ろした瞬間、ひゅうう、と冷たい夜風が吹き付け、コウは思わず身体をぶるっ、と震わせていた。

 恐らく、かなり標高の高い山の上に、この洋館はあるのだろう。

 コウがそんな事を考えながら、洋館を見ていた時だった。

 ぶおん、と、バスのエンジン音が響いた。思わず振り向いたコウの目に、さっきまで乗っていたバスが、ゆっくりとバックしていくのが見えた。運転手は相変わらず俯いたまま、バックミラーも見ようとせず、後ろを振り返る事すらもせずに車体を大きくバックさせていた、だがその後ろには木々が生い茂り、このままでは樹にぶつかってだろう。

 だが運転手は些かも躊躇わない。そればかりかどんどん加速していく。

「お おい……」

 誰かが言う。

「あれじゃあ、ぶつかるんじゃ……?」

 だが。

 次の瞬間。

 バスは、すうう、と、まるで立体映像の様に、後ろにある樹をすり抜け、そのままどんどんと後ろに下がって行く。

 そのまま、バスは木々の向こうの闇の中に、吸い込まれるようにして消えてしまった。

 コウは……

 そして、他の参加者達も。

 皆、ただ黙って……

 黙って、それを見ていた。


 ぎぃい……


 バスが去って行った方向を、呆然と見ていた一同の耳に、突如として聞こえたのは、扉が軋む音だった。

 ほとんど同時に、全員がそちらを見る。

 洋館の中央、改めて見れば、その洋館はかなり大きく、立派な建物だった。

 その中心にある大きな木製の扉が、いつの間にか開いていた、扉の向こうには、豪華なシャンデリアが天井から下がっている広いロビーが見えるが、そこには誰の姿も無かった、あの扉は自動ドアでも無いだろうから、誰かが開けたはずなのに、その開けた人物の姿も見えないのはどういう事だろう?

 そんな事を考えながら、コウは洋館を見る。

 大きな洋館、中央にある開いた扉と、その向こうに見えるロビー。

 それ以外の部屋がどうなっているのか、どういうわけか、この洋館にはその扉以外、窓も無ければ、他の扉も見当たらない、裏にでも回ればもしかしたら勝手口くらいはあるかも知れないけれど、少なくとも、今コウが見ている正面側には、そういった類のものは一つも無いようだ。

 誰も動こうとしない。ただ沈黙と、吹き付ける夜空に煽られ、ざわざわと木々が揺れる不気味な音だけが、辺りを支配していた。

 ややあって。

 コウは、ゆっくりと息を吐いた。

 そうだ。

 こんな事で、尻込みしてはいられない。自分は……

 自分は、妹を取り戻すために来たんだ。

「行こう」

 はっきりと告げ、コウは歩き出す。

 すぐ後ろから誰かが走って来る気配、兵だろう。

 それに合わせて、他のメンバー達も、コウの後に続いた。


 やがてコウを先頭に、全員がロビーの中に入る。

 その途端、ぎぃい、と、またしても軋む音が響いた。

 次いで、ばたん、と大きな音が響く。どうやら入り口の扉が閉められたようだが、もう誰も気にしなかった。コウも振り返らずに、屋敷の中を見回す。

 広いロビーだった、天井からは豪華なシャンデリアが吊され、目映い光でロビーを照らしている、さっきまで真っ暗な山の中にいたせいで、その強烈な光に何人かは目を眩ませたらしく、目をぎゅっ、と閉じている者もいた。

 コウも、目を開けているのは辛かったけれど、どうにか左右を見回す。

 ロビーの左右には、木製の小さい扉がある、きっとあの扉から他の部屋へ行けるのだろう。

 そして……

 コウは、正面に目をやった。

「あれは……」

 誰かの声。コウが振り向くと、それはバスの中で見かけた、あの兄弟とおぼしき二人組の青年の一人だった。

 その青年が見ている方に、コウも黙って顔を向ける。

 入り口の正面、コウ達が入って来た扉のちょうど向かい側。そこには、火の点いた大きな暖炉があった。

 そして……

 その暖炉の上。

 そこの壁に、大きなモニターが取り付けられている、この洋館の雰囲気に、およそ不釣り合いな最新式のモニターだ。何も映っていないけれど、コウは思わずそのモニターに向けて足を踏み出していた。きっと……

 きっと、このモニターには、これから何か大事なものが映る。そんな予感がした。

 それはどうやら、コウだけでなく、この場にいる全員が感じたらしい、皆も歩き出し、モニターの前に無言で立つ。

 そして。

 それを、合図としたかの様に。


 ざざ……


 と。

 微かなノイズ音と共に、モニターに何かが大写しになる。

 それは……

「……『死神』」

 コウは、思わず呟いていた。

 そこに映っていたのは、紛れもなく、あの『予選』でも見た『死神』だった、骸骨そのものの不気味な顔が、『予選』の時と同じくモニター越しにこちらに向けられていた。

 そして。

 『死神』が、骸骨の口を開けて言う。

「ようこそ、『死神GAME』本戦へ」

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死神GAME @kain_aberu

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