第25話

 それから。

 バスは、一体何処を、どのようにして走ったのだろうか?

 解らない。

 やがてバスは、少しずつ速度を落とし始めた。

 コウは、窓から外を見る。

 窓の外に見える風景は、いつの間にか鬱蒼とした森の風景に変わっていた、通路の逆側の窓を見ても、やはり見えるのは背の高い樹ばかり、街の灯りは、今や完全に見えなくなっていた。

 そして。

 バスの正面に見える大きな窓から外を見て、コウは息を呑む。

 木々の生い茂る森の奥の方……

 そこに、ぼんやりと灯りが見える。

 やがて……どんどんとその灯りが……こちらに近づいて来る。

 否。

 このバスが、あの灯りに……

 正確に言えば、灯りを灯した建物に近づいているのだろう。

 どんどんと近づいて来るにつれて、その建物の全体像がはっきりと見えて来る。

 それは、大きな西洋風の建物……あの『予選』をクリアーした時に見た、『本戦』の会場となる建物だ、近づくにつれて、それがまるでホラー映画にでも出て来そうな洋館である、という事が解る。

 そして。

 バスはその洋館の前で、音も無く停車した。


 ぷしゅうう……と。

 乗り込んだ時と同じ音をさせながら、正面の出入り口の扉がゆっくりとスライドして開いた。

 一番先頭の座席に座っていた二人、あの兄弟とおぼしき青年達が、ゆっくりと立ち上がって、その開いたドアからバスを降りていき、その隣の列に座っていた二人も、ゆっくりとバスを降りて行く。

 やがてその後ろの二組が、次いでさらに後ろの二組が、という順番で降りて行き、とうとう残っているのは、コウと兵、そして逆側の列の座席に座っている、あの二人組だけとなっていた。

 コウは、逆側の列に座っている女性の顔を見る。

 バスに乗り込んだ時に、コウに会釈してくれた、あの大学生くらいの女性、彼女もまたコウを見ていた。

「お先にどうぞ」

 コウは、そう言って彼女を促した。

「あら?」

 女性が言う。

「ありがとう」

 そのまま愛想良く微笑んで、彼女は座席を立ち上がって通路を歩いて行く。そのすぐ後に、隣に座っていた青年が立ち上がって通路に向かう。あの女性とは違い、コウの方を見ようともしない、ひょろりとした体型と、不健康そうな色の白い肌、そして神経質そうな顔立ちの青年だった、コウは無言で、青年の顔を見ていた。

 ややあって。

 その視線に気づいたのか、青年がコウの方を見る。

 そして。

 青年は、コウの顔を見るなり、口の両端を釣り上げ、小馬鹿にした様に笑った。

 コウはその表情に、些かムッとしながら青年の顔を睨んだ。

 だが青年の方は、動じた様子も無く、バカにした様にコウを見ながら言う。

「お前……」

「何だ?」

 コウは、青年を睨んだまま問いかける。

 だが青年は、それでもバカにした様な表情を変え無い。

 そして。

「真っ先に、『殺られる』な」

 くく、と。

 青年が笑った。

「……?」

 コウは、怪訝な顔になる。だが青年は、それ以上は何も言わずに、ゆっくりとした足取りで通路を歩いて、そのままバスを降りて行った。

 コウは……

 コウは、黙ったままで、青年の後ろ姿を見ていた。

 だが。


「おい」


 声がする。

 兵だ。

「早く行ってくれよ」

「あ ああ」

 コウは、頷いて椅子から立ち上がる。

 『殺られる』……?

 一体、何の事だろう? 何かのたとえ話だろうか? すぐに負ける、という意味とか……

 解らない。

 だが……

 コウは、拳を握りしめる。

 こんな事で、臆してはいられない。

 妹を、取り戻すまでは。

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