第24話

 煌と佐紀は、ゆっくりとバスに乗り込む。

 ぷしゅうう、と、さっきと同じ音がして扉が閉じたけれど、二人共もう振り向かなかった。

 煌はバスの中を見る。

 座席の数は、全部で八個、二人がけの椅子が、左右に四つずつ並んでいる、一番後ろの左側の座席だけが空いていた、つまりは煌と佐紀は、あそこに座れ、という事なのだろう、そこ以外の座席には、全て人が座っている。

 煌は黙って座席の真ん中の通路を歩く、座席の椅子に腰掛けている何人かが、こちらをちらちらと、或いはじっと見ていた、煌も、そんな彼らの顔を見た。

 煌と同年代くらいの男性もいれば、年下の女性もいる、一番前の座席に座っている二人の若い青年は、互いの顔がよく似ている、もしかしたら兄弟なのかも知れない、煌はそんな事をぼんやりと思った。

 そして。

 一番後ろの座席、その右側に座っているのは、煌と同い年くらいの女性と、こちらは大学に入ったばかりくらいの年齢だろうか? 煌より二つくらい年下らしい青年が座っていた。逆側の座席に座ろうと通路を歩いている煌と佐紀を見て、女性の方はにっこりと愛想良く微笑んで会釈をしてくれたけれど、青年の方は煌達の顔を見ようともしなかった。

 煌も、女性の方に会釈を返した後、佐紀の方を振り返り、すっ、と窓際に座る様に促した。

「ありがとう」

 佐紀は軽く微笑んで、窓際に座り、煌が通路側に座る。

 そして。

 二人が座るのを待っていたかの様に……

 バスの車体が揺れ、そのままゆっくりと……

 ゆっくりと、発進した。


 車内にいる全員が、一言も喋らない。

 佐紀も、ポケットからスマートフォンを取り出してゲームを始めていた。煌のスマートフォンには、残念ながらそういうアプリは入っていないから、する事が無い。

 窓の外を、ちらりと見る。

 だが窓の外に広がるのは暗闇ばかりだった、街の灯りどころか、建物も全く見えない、一体このバスは、今、何処を走っているのか、そして……

「何処に、向かってるんだろう……?」

 煌は、小さく呟く。

「さあな」

 独り言のつもりだったけれど、佐紀がそれに小声で答えた。

「まあ、会場へ向かっているのは確かなんだろう? あまり気にしても仕方無いぞ」

 ふふん、と佐紀が笑う。

「それは……そうだけど……」

 煌は呟く。

 まだこの『大会』に関しての謎、そして得体の知れない不安、そういったものが拭い去れない。妹は本当にこの『大会』に参加したのだろうか? だとしたら一体……

 一体、何の為に……?

 煌は俯いて、小さい声で妹の名前を呟きそうになった。だが……

 ぽん、と。

 その煌の肩に、手が乗せられる。

 佐紀だ。煌は佐紀の顔の方を振り向いた。

「……『こんな場所』で」

 佐紀が言う。

「『リアル』に関するワードを口にするな」

「……っ」

 煌は鼻白む。だが佐紀は続けた。

「何があるか、解らないぞ」

 佐紀は言いながら、煌の顔を見る。

「解ったな? コウ?」

 そして佐紀は……

 先刻登録した、煌の『プレイヤーネーム』を呼んだ、つまりはしばらくの間、自分の事をその名前で呼ぶし、煌もまた、佐紀の事を『プレイヤーネーム』で呼べ、という事だろう。

「……解ったよ」

 煌。

 否。

 コウは、頷いた。

「兵(つわもの)」


「仲が良いですね?」

 声がする。

 コウが見ると、それはさっき会釈してきた、あのコウと同年代くらいの年齢の女性だった。

「……別に、そんな事はありませんよ」

 コウは無愛想に言う。今は、あまり人と会話をしたい気分では無かった、妹の事、この『大会』の事、まだまだ状況は解らないことだらけで、少し気を落ち着かせたかった。

「もしかして」

 だが女性は、そんなコウの愛想の無い口調にも何も感じず、にこやかに問いかける。

「お二人は、恋人同士だったりするんですか?」

「ただの友人ですよ」

 コウはにべも無く言う。

「ふうん……」

 女性の方は、それに納得したのか、していないのか、よく解らない口調でそれだけを言い、座席のシートにゆっくりと背中を預け、そのままのんびりと正面に顔を向けた。

 コウも、ひとまずは話が終わった事に安堵して、シートに背中を預けて目を閉じた。

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