第24話 収集癖

 掛け時計を見て時間を確認する。

 もうすぐイコが帰ってくる時間だ。


 上手くいったのだろうか。

 学校の友だちとヤロリについて語り合えただろうか。

 そわそわしながら時間を潰していると、イコが帰ってきた。

 玄関扉を開ける。


「ヤイダ!」


 勢いよく胸に飛び込んできた。

 ギュッと抱き着いている。


(相変わらず距離感がバグってやがる)


 人間にはパーソナルスペースというものがある。

 そこより内側に他人に侵入されると不快に感じる空間のことだ。

 もしかするとイコにはそれがないのかもしれない。

 太ったおっさんな矢井田にすら、こうやって密着してくるのだから。


 美少女な女子高生。

 男のゴツゴツした身体とは違い、彼女の身体は柔らかい。

 いい匂いもする。


(ハッキリ言って攻撃力が高すぎる)


「お前なぁ、俺は男だぞ? もっと危機感もてよ」

「ヤイダにそんな勇気ないでしょ?」

「ぐっ」


 何も言い返せない。

 イコはケラケラと笑っている。


(いつか見返してやる!)


 かなり機嫌が良さそうだった。

 落ち込んでいた昨日とは大違いだ。


「上手くいったみたいだな」

「うん!」


 好きなことを好きだと言うのは勇気のいることだ。

 特に彼女みたいな年ごろの少女にとっては酷く難しいことだろう。


「よく頑張ったな」


 自分が同じ立場なら、Vtuberが好きだとクラスのみんなに明かすことはできない。

 素直に凄いと思う。

 自然と手が動いてイコの頭を撫でていた。

 嫌がられるかもと思ったが素直に手を受け入れてくれた。

 サラサラした感触が気持ちよくて、ずっと撫でていたくなる。


「ヤイダのお陰だよ」

「俺は何もしていないさ」


 ただの自己満足の行動をしただけだ。


「ヤイダが私の背中を押してくれた」


 矢井田の身体に回していた腕に力を込めて、ギュッと強く抱きしめてくる。


「ありがとっ」


 イコはわがままで自分勝手な女の子だ。

 よく矢井田のことをからかって遊んでいる。

 でも今のお礼の言葉は、本心なのだとすぐに分かった。

 イコの耳が赤くなっているから。


「まぁ、なんだ……おかえり」


 頭の上にポンと手を置いた。


「ただいま」


 イコが矢井田の胸元で頬を当てたまま、顔を上下に動かす。


「スリスリするんじゃない。くすぐったい」

「ふひひ」


 くすぐったくて離れようとしても、腕でガッチリとホールドされており逃げ場はなかった。

 イコが満足するまでしばらくの間、ひたすらスリスリされる。

 まるでマーキングでもされているみたいだと思った。




    ◆




 夜11時。

 イコが自分の部屋に帰るために、玄関まで移動する。

 彼女は玄関タイルの上に置いてあるゴミ袋をジッと見つめていた。


「あ、邪魔だったか。すまん」


 玄関にゴミ袋を置くことは風水的によくないことだとされている。

 運気が下がるらしい。

 風水は特に信じていないから、翌日の朝に出しやすいように玄関にゴミ袋を置いている。

 だが風水にもある程度の理由や根拠はある。

 玄関にゴミ袋を置くと運気が下がると言われるようになったのは、客が来たときの印象が悪くなるからだろう。

 毎日部屋を出入りするイコという少女がいるのに、玄関にゴミ袋を置くのは気が利いていないと言われても仕方がない。


「ね、ねえヤイダ」


 挙動不審な様子のイコが尋ねる。


「なんだ?」

「ゴミ出し、私がしよっか?」

「えっ?」

「引きこもりなヤイダと違って、私は毎日学校に行ってるからさっ」

「やってくれるなら助かるけど……急にどうしたんだ?」


 マンションの管理人からは、なるべく朝にゴミを出すように言われている。

 だから出かける用事もないタイミングに、ゴミを出すために一階まで降りる必要があった。

 引きこもり気質の矢井田にとって、そこそこ面倒なことだ。

 それをイコがやってくれるのなら嬉しい。

 学校に行くついでにできることだからそこまで負担にはならないだろうし、お願いしてもいいかもしれない。


「いや、その……いつもお世話になってるから、何かしてあげたいなって思って」

「お、おぉ……」


 ジーンとする。


(あのワガママ娘から、こんな気の利いた台詞が出てくるなんて)


 毎日ご飯を作ってあげたりする労力と比べたら全然つり合ってはいないが、でも彼女の気持ちが嬉しかった。

 不良息子が初任給で温泉旅行をプレゼントしてくれたときは、きっと同じような気持ちになるのだろう。




    ◆




 私は大事な袋を抱えたまま、1002号室に戻った。


「さて……分別しなきゃね」


 ゴミ袋を前にして分別となれば、ゴミの種類や素材で分けることを言うのが一般的だと思う。

 でも、私の言う分別は違う。

 残すものと捨てるものに分けるのだ。

 袋の中に手を突っ込んで、良いものがないか探す。


「おっ、ヤイダの歯ブラシ!」


 青い柄の歯ブラシ。ヤイダの使用済み歯ブラシだ。


「う~ん」


 色んな方向から歯ブラシを見る。


「さすがに汚い……か」


 ゴミ袋に入っていたから生ごみなんかと混ざっている。

 とりあえず洗って綺麗にはしてみたけど、あまり衛生的ではないだろう。

 少なくとも口に入れたいとは思わない。

 だからもう歯ブラシとして使うことはできない。飾る専用として使う程度が限界だ。


「勿体ない」


 ため息をつきながら決意する。


「今度、私が歯ブラシを交換しよう」


 ある程度ヤイダが歯ブラシを使って、自分で新しいのを買ってしまう前に、私が新しい歯ブラシを用意して交換してやればいい。

 そうすればヤイダが使った歯ブラシを回収することができる。自由に使うことができる。

 想像するだけで鼻の穴が膨らんだ。


「ふひひ」


 飾る専用の青い歯ブラシはヤイダルームに持っていく。

 1002号室の間取りは2LDKだ。

 リビングやダイニング、キッチンの他に2つの部屋がある。

 一部屋はヤロリルームとして、配信を見たり、ヤロリのグッズを飾る部屋として使っている。

 残りのもう一部屋は寝室として使っていたけど、最近ヤイダルームに変更した。

 ちなみに寝る場所はリビングを使っている。スペースがあれば寝る場所なんてどこでもいいのだ。


 ヤイダルームは文字通り、ヤイダに関するものを置いている部屋だ。

 まだ集め始めたばかりで、ほとんど空っぽの部屋だけど、いつかはこの部屋を価値あるモノで埋め尽くしたい。

 だから今やるべきことは、ヤイダルームに飾れそうなものを探すことだ。


「おっ」


 ヤイダが着ていた黒い上下のスウェットが入っている。

 美少女である私が遊びにくるから、古びたスウェットを使うのは良くないと新調したらしい。


「これは洗えば使えるかもっ」

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