第18話 オタクグループの三浦さん

 2年A組のオタクグループ。

 その一人である女子・三浦。

 彼女は今の学校生活に満足していた。


 男2人・女2人のグループで、いつも一緒にオタク談義をしている時間が楽しいからだ。

 色っぽい関係はない。

 それぞれがそれぞれの推しを語ったり、聞いたりする。そんな関係だ。

 一般的な高校生の青春とは無縁ではあったが、楽しければそれでいいと思っている。


 そんな順風満帆な三浦であるが、最近一つの悩みができた。

 相本イコによく見られている気がするのだ。


「な、なぁ、また見られてないか?」


 オタク仲間の男子が恐れるように小さい声で言う。

 恐る恐る、彼の視線の先を確認した。

 相本がこっちをジーっと見ている。


(ひぃぃぃぃ!?)


 自分たちが何か粗相をしてしまったのだろうか。

 三浦たち4人には全く心当たりがなかった。

 相本イコというクラスメイトは、三浦にとって特別な存在だ。


(まるでアニメや漫画の世界から飛び出してきたみたいな、すっごく綺麗な人)


 物語の主人公やヒロインは、きっと彼女みたいな人がなるのだ。

 もしかしたらこの世界は、彼女を主人公にしたゾンビものの世界で、自分たちモブは最初のゾンビパニックで呆気なく死んでしまう役目なのかもしれないと思った。


 三浦は相本のことを遠くから眺めることが好きだ。

 彼女は陽キャだ。クラスカーストの頂点に立っている。

 青春の中心地。彼女を起点にして青春が始まると言っても過言ではない。

 自分とは縁のない青春ではあったが、青春が嫌いという訳ではない。人並みに憧れはある。

 だから煌びやかな美少女を眺めて色んな妄想をすることで、青春を追体験していた。


 遠くから見ている分にはいい。

 彼女は絵になる存在だからだ。

 見ているだけで目の疲れがとれる気がする。

 夜中にパソコン画面を凝視したことによる疲れ目が、相本を見れば解れていく。きっと彼女には森林浴と同じ効果があるのだ。


 見ているだけなら、とてもいい。

 でも距離が近くなったり、彼女に興味を持たれたりしたら、人間強度の違いで魂を焼かれてしまうと思う。

 現に今も相本にジーっと見られることで、三浦の魂は徐々に焼かれていた。


(私の腐った魂が……!)


 熱せられた鉄板の上に土下座している気分だ。

 他の3人も似たような感じだろう。

 陰キャなオタクグループにとって、相本イコという美少女は眩しすぎるのだ。


(えっ……?)


 そんな世界に愛されしヒロインのような相本が、何やら落ち込んでいた。

 まるで行きたいところがあるのに、目に見えない壁に通せんぼされているようだった。

 陰キャに分類される三浦は、そういう感情には馴染みがある。

 知らない人と話すのは恐いし、一人でお洒落な店に行く勇気もなければ、逆にオタクショップに入る勇気もない。


(相本さんの望みは何だろう? 分からないけど……相本さんも私と同じなんだ)


 自分とはかけ離れた存在だと思っていた相本に対して、ちょっとした仲間意識のようなものを覚えた。

 アニメや漫画のキャラクターとしてではなく、悩みを持った同じ一人の少女として、初めて意識した。





    ◆




 陽キャには2つの種類があると三浦は思う。

 オタクを否定するかオタクを否定しないかだ。

 相本は否定しない陽キャだ。

 オタクについてどう思っているかは不明だが、彼女はオタクを否定したことは一度もない。

 無理に近づこうとするでもなく、除け者にするでもなく、適切な距離を保ってくれている。

 三浦からすれば理想的な陽キャだ。


(ここ最近はなぜかずっと見られているけど)


 彼女みたいな陽キャばかりなら住みやすい世の中だけど現実は違う。同じクラスの陽キャの中には、オタクを否定する陽キャもいる。

 その代表格が源田だ。

 彼は別にアニメや漫画を嫌っている訳ではない。人気作についてはある程度把握している。

 オタク的な内容を嫌っているのではなく、オタク的な人物を嫌っているのだ。

 オタク嫌いというよりは陰キャ嫌いと言う方が正しいかもしれない。

 三浦にとっては最悪な陽キャだ。


(うわ、源田がいる)


 昼休み、図書室に行くために別棟に移動しようと廊下を渡っていると、進行方向の先に源田がいた。

 同じ野球部の仲間と大きな声で喋っている。


「源田のクラスは可愛い子が多くて羨ましいよな」

「相本だけだろ」


 陽キャの男はあの子が可愛いとか、そういう話が好きなのだ。

 三浦は自分が彼らの話を聞いてしまったと思われたくなくて、とっさに隠れた。


「鮫島とか深津もいるだろ?」

「あいつらはビッチだから論外だ」

「純粋そうってことなら、三浦さんもいいんじゃないか?」


(わ、私!?)


 相本、鮫島、深津。

 みんな名前があがって当然の陽キャだ。

 でもその次に自分の名前があがって動揺する。


「三浦? ないない」


 源田が鼻で笑った。


「あいつ、オタクだろ。絵に尊いーとか言ってて、気持ち悪いんだよなぁ。ああいうのが相本みたいな天使と同じ教室にいることが許せねぇ。同じ空気を吸うだけで相本が穢されるっつうの」


 少しだけ浮ついていた心が一気に冷める。


「二次元にしか興味ないんだがら、学校に来ずに家に引きこもってパソコンとヤッてりゃいいのによぉ」


(そんな言い方、しなくたって……)


 三浦は自分がオタクと呼ばれる人種であることを理解している。

 好意的に見られないことがあることも自覚している。

 でも源田たちに迷惑をかけないように気をつけていたつもりだし、何かを強要したこともない。

 あまり得意ではないものの、クラスの行事だって積極的に関わるようにしている。

 そこまで悪く言われる筋合いはないはずだ。


(悔しい……)


 でも何も言い返せなかった。


(私は陰からこっそり盗み聞きしているだけの卑怯者だ)


 身体を震わせながら俯いていると、凛とした声が聞こえた。


「そういうの止めなよ」


 勇気の出せない彼女の代わりに、陽キャの源田を止めてくれたのは、陽キャの中の陽キャである相本だった。

 たまたま通りがかって、源田のオタク批判を耳にしたらしい。


「な、なんでだよ。お前もオタクのこと嫌いだろ」

「は? 何それ!?」


 相本の声に激しい怒りがこもっている。


(ひぃぃぃぃ!?)


 三浦は今も隠れたままだ。彼女の怒りの矛先ではない。

 でも相本の剣幕におしっこを漏らしそうになった。


「私がオタクのこと嫌いって一言でも言った?」

「いや……言ってはいない、けど」

「勝手に私の気持ちを語らないで。気持ち悪い」


 そう言い捨てて相本は源田の元を去る。

 三浦が隠れている方に向かって歩いてくる。


「あ、あの」


 お礼を言わなきゃと思った。

 相本が三浦を認識した瞬間、彼女はパぁッと顔を輝かせて笑う。

 三浦はその輝きに魂を焼きつくされた。


(男の子だったら相本さんに惚れてたかも……)


 男子たちが彼女に恋をする理由が分かった気がした。

 同じオタクグループの一人で、2次元にしか興味がないと宣言している男子でさえ、「相本さんは実質2次元」という謎理論によって叶わぬ恋心を抱いている。

 同性の三浦から見ても、相本という少女はとっても可愛いのだ。


 相本はすぐにハッとして周囲をキョロキョロと見回したかと思えば、何も言わずに逃げるように走り去る。

 美しい顔に陰がさしていた。


 何かに苦しんでいる。

 そう思った。

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