第19話 コラボ決定!

 Vtuberには個人勢と企業勢がいる。

 企業勢には企業による手厚いサポートもあるだけでなく、箱推しという概念がある。

 同じ企業のグループに所属しているメンバー同士で積極的にコラボ配信を行ったり話題にしたりすることで、一つのチームのような結束力を作り出し、その結束力がファンにも共有される。

 特に有名なのは【夢現】だ。

 【夢現】という箱を愛しているファンも多い。

 極端な話、他の企業からデビューして全く売れなかったとしても、【夢現】でデビューしていれば人気者になれたというパターンもあるだろう。

 もっとも、今をときめく【夢現】に所属できる実力ががあれば、他の所属でも売れるパターンが大半だろうが。


 【夢現】に所属しているVtuberたちは、いつもVtuber界の中心にいると言っても過言ではない。

 彼ら【夢現】をテレビのゴールデン番組とするなら、ヤロリのような個人勢は深夜番組みたいなものだろう。


 そんなVtuber界を牽引する【夢現】のメンバーの一人から、コラボの誘いがあった。

 なんでも昔からヤロリのファンだったらしく、以前からコラボを希望していたらしい。

 ありがたいことだ。

 すぐに了承して、細かな打ち合わせを行った。


 ある程度のことが決まって、配信中にコラボ配信を行うことを発表した。

 基本的に歓迎の声が多い。

 【夢現】のアンチが流れてこないか心配という声もあったが、概ね好意的な反応だった。


 ヤロリは女性という設定だ。中身が男であることは誰にもバレていない。

 だからコラボ相手が男であれば、不埒な想像をして、ガチ恋勢の中には過剰に反対する者も出ただろう。

 今回のコラボ相手は女性。変な嫉妬をする者もいない。

 だが、あの旧都アグレスは、コラボ配信に猛反対だった。




    ◆




 配信が終わるやいなや、イコが矢井田の部屋のインターフォンを押した。

 いつもは普通に一回押すだけ。

 でも今日はなぜか、インターフォンを連打している。


 ――ピンポンピンポンピンポン。


 呼び鈴の音が何度も響く。


(恐いんだけど……)


 急いで玄関まで行って扉を開ける。


「遅い!」


 ご立腹の様子だ。

 頬をぷーっと膨らませて、私怒ってますと露骨にアピールしている。

 彼女は傍を通り過ぎてリビングに行き、ドカッとソファーに座った。


「お茶!」


 お気に入りのゴーヤ茶を要求している。

 いつものイコはお茶を飲むときは、基本的に自分でコップに入れて飲んでいる。

 今日はそんな気分ではないようだ。

 拒否しても面倒になるだけだと冷蔵庫へと向かった。


「遅い!」

「す、すまん」


 チンタラ動いているように見えたのだろう。

 謝罪しながら急ぎ目でお茶を提供する。

 コップをグイっとして一気に飲んだ。


「ぷはぁぁぁ!」


 空になったコップを乱暴に机の上に置く。

 お茶を飲んでひと息ついたことで少し落ち着いたようだ。

 すかさず尋ねる。


「何かあったのか?」

「ねぇ、なんで!?」


 ギロリと睨んでくる。

 何かしてしまったのだろうか。

 心当たりはなかった。


「なんでヤロリはあんなビッチとコラボするの!?」

「――えっ?」


 それは予想外の質問だった。

 イコはヤロリが【夢現】のVtuberとコラボすることにブチ切れていた。


「ビッチってただの噂だろ?」


 コラボ相手は、一度男性Vtuberとの仲が疑われたこともあり、実はビッチだとか噂されている。

 本人も相手も公式に否定しているし、それ以降彼らの仲を裏付けるような情報は何も出ていない。

 根も葉もない噂はどこにでもあるものだ。


「そんなことはどうでもいいのっ!」

「じゃあ何がダメなんだ?」

「ヤロリが他の女とコラボするなんて絶対ダメっ!」

「……男なら良いのか?」

「? そんなの別に好きにすればいい。でも女はダメ!」


 ヤロリは女ということになっている。

 男性Vtuberとコラボを嫌う声は多い。

 でも女性Vtuberとの絡みは好意的だ。

 他の女性Vtuberと仲良くすることで喜ぶファンは多い。いわゆる百合営業である。


「普通逆じゃないのか?」

「男とコラボなんて好きにすればいい。でもさぁ、他の女とコラボするなら、それはヤロリが私じゃなくて他の女を選んだってことになるでしょ?」


(ならねーよ)


 そもそもヤロリとして、イコを選んだことは一度もない。


「私がヤロリにとって一番の女だから、他の女に浮気されたくない!」


 バンバンバンと机を手で叩いている。


「そ、そうなのか……」


 正直なところ、彼女の思考が全く理解できない。


(これが厄介ガチ恋勢か……)


 リアルで初めて対面するガチ恋勢の思考に戦慄するしかない。


「そういえば旧都アグレスも似たようなコメントを書いていたな」


 彼もイコと同じく、厄介ガチ恋勢だ。


「そ、そう! 旧都アグレスって人はよく分かってると思うなっ!」


 なぜかイコが動揺している。

 矢井田は旧都アグレスのことを男だと思っていた。

 でも実は、イコと同じような考えを持った女の人なのかもしれない。


「まぁでも、ヤロリもチャンスと思ったんじゃないか? 【夢現】の知名度や人気は凄い。コラボすることであやかれる」

「そんなことしなくてもヤロリは人気だし、これからもどんどん人気は増えていくのに……」


 イコは重度のヤロリファンなせいか盲目的だが、実際は最近のチャンネル登録者数は頭打ちしているのが現状だ。


「ヤロリがやっぱり止めたって言ってくれたりしないかなぁ」

「それは……難しいんじゃないか?」

「ヤイダは、私がヤロリの一番じゃないって言うの?」


 ほぼ引きこもり状態の矢井田に親しくしている女性はいない。

 ヤロリの中の人である彼にとって、一番の女性はまちがいなくイコだ。

 でもそんなこと言えるはずがない。

 今のところ彼女に自分がヤロリだということは隠せている。自ら暴露するような真似はできない。


「そもそもイコはコメントしていないんだろ? 見る専だったら、そもそもヤロリに認識されてないだろ」


 実際、矢井田はイコのことを知っているが、ヤロリとしては彼女のことを一切知らない。


「そういうことじゃ、ないの!」

「どういうことだよ……」

「私が超絶美少女だから、コメントなんてしなくたって、ヤロリは私を認識してくれるはず」


(そんなはずないだろ)


 さすがに自意識過剰が過ぎる。

 ただ……まさかのまさかで、彼女の言葉通り、中身の矢井田はイコのことを認識しているのだが。

 でもそれはたまたま隣に引っ越してきたからで、ヤロリの配信とは直接関係していない。


「だから私がコラボしてほしくないって思ってることを知って、コラボを中止してくれるんだ。うん、絶対そう。そうじゃなきゃおかしい。ヤイダもそう思うでしょ?」

「もう相手と打ち合わせもして正式に決まった上で発表しているんだろ? 今さら中止は無理だ」

「でも私のためなら、なんでもしてよ! ヤイダもそう思うでしょ?」

「いや……」


 イコは矢井田がヤロリであることを知らない。

 だから適当に話を合わせて嘘をついてもいい。

 でも、それは誠意がないと思う。


「ヤロリは誠意を大事にしている。イコも知っているだろ?」

「それは……そうだけど」

「だから一ファンのために既に決まった話を覆すことはない」

「私のためでも無理なの……?」

「そうだ」

「私がどれだけ頼んでも……?」

「あぁ」


 イコはガクッと肩を落として落ち込んでいる。

 そこまで落ち込まなくても、と思わずにはいられない。

 当たり前のことを告げただけだからだ。

 でも彼女はそんな当たり前すら認めようとしない重度のヤロリアンらしい。


「ヤロリの一番になりたい……。もっとヤロリのことが知らなきゃ……」


 イコが小声でぶつぶつと呟く。

 何を話しているかは分からなかったが、物凄く不気味だった。

 完全に心を病んでいる人の言動だ。


(こえーよ)

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