第11話 痴漢……痴女?

 ヤイダが用意してくれたプリンを朝食として食べる。

 久しぶりに食べるけど美味しい。

 プチッとするプリンだ。

 小さい頃に食べた記憶はあるけど、最近は余り食べてなかった。

 普通のプリンと違って、どこか寒天に近い弾力がある。


「ん?」


 スマートフォンのメッセージの着信音が鳴る。

 こんな朝から誰だろう?

 送信者を確認するとヤイダだった。


『体調はどうだ?』


 どうやら心配してくれているらしい。

 動揺して酷い別れ方をしてしまったけれど、怒ってはいないようでホッとする。


『お陰様ですっかり元気! 熱も平熱に戻ったし今日から学校に行く!』

『それは良かった。でも、ぶり返す可能性もあるから無茶はするなよ』


「んふー、ヤイダはママだねぇ」


 Vtuber野地ヤロリ。

 ロリ体型の美少女でありながら彼女は母性に溢れている。

 ヤロリのバブみにハマッてヤロリアンになる者も多い。


 私は配信をしたことがない。

 だから想像でしかないけど、彼女たちVtuberには、素の部分とキャラの部分があるのだと思う。

 Vtuberごとにその割合は違うだろうけど、実際に中の人であるヤイダと接して、ヤイダの場合は素の部分の割合が高いように感じた。


 もちろん口調なんかは完全にキャラの部分だ。

 でも、ついつい世話を焼いてしまうところや、押しに弱いところなんかは、完全にヤイダ本人の気性によるものだ。


「ヤイダは私が想像していた通りの……想像していた以上にヤロリだった」


 もちろん見た目は全く違う。

 ヤイダはパッとしない小太りのおっさんだ。

 似ても似つかない。

 世界一可愛い私の次に可愛いヤロリとヤイダを比べたら月とスッポンだ。

 でも、ふとしたやりとりにヤロリを感じる。


 私には見える。

 ヤイダを通してヤロリが見える。


 中身がおっさんのヤイダであることと、Vtuber野地ヤロリを愛することは私の中で矛盾しないらしい。


 ヤイダ=ヤロリ。

 その式が私の中で成り立ってから、とある思いがムクムクと湧き上がっている。


 ――ヤイダを困らせたい。

 ――ヤイダを虐めたい。


 ヤイダはヤロリの核となる部分だ。そのヤイダを虐めることは、ヤロリを虐めることに等しい。


「あ、そうだ!」


 パジャマのボタンを一つ外してから、スマホで自撮り写真を撮った。

 出来栄えを確認すると、ブカブカのパジャマを着てピースをしている美少女が映っている。ボタンを外したことでちゃんと谷間も強調されているし、ノーブラであることも分かるようになっている。

 よし、バッチリだ。


「『ヤイダの服は洗って返すね』っと」


 ヤイダが私の身体に性的な興奮を覚えることは確認済みだ。

 何度も隙を見せて確認した。

 ヤイダは私を危機感のない女だと思っているだろうけど、そんなことはない。

 むしろその逆。普通の女性よりも危機感はある。

 神に祝福された美少女として生まれた私は、幼い頃から男のいやらしい視線を向けられてきた。

 だからなのか男の視線には人一倍敏感だ。

 常にその視線を意識して、隙を見せないようにしている。


 ヤイダは自分を律してなるべくそういう視線を向けないようにしてくれてはいた。私のような美少女を前に対した忍耐力だ。

 でも私がわざと隙を晒したら、我慢しきれずにいやらしい目で見ていた。


 ヤイダは私のえっちな写真を見てどんな反応をするだろうか。

 私が傍にいないから舐めまわすように凝視するかもしれない。

 ヤイダの反応を考えると素敵な気持ちになれる。


 更に言えば私の写真をオカズにしてくれるかもしれない。

 いや絶対に、する。

 私にはそれだけの価値があるはずだ。


 ヤイダが――ヤロリが私に夢中になる。

 想像するだけで身体がゾクゾクと痺れた。




    ◆




 私はヤイダの隣の部屋に引っ越した。

 幸運にもヤイダの住む場所は、私が通っていた高校から十分に通える範囲だったから、わざわざ転校の手続きをせずにすんだ。

 どこに住んでようが追いかけるつもりではあったけど、近場ですむならそっちの方が嬉しい。


 ただ……面倒なこともある。

 それは通学が大変になったことだ。


 単純に時間が以前よりかかるようになったということもそうだけど、一番辛いのはガッツリ満員電車の区間になってしまったことだ。

 男の人にとっても満員電車は大変ではあるだろうけど、特に女の人にとっては痴漢を警戒する必要あり、油断が許されない場所だ。

 それが私みたいな美少女なら尚更だ。


 もちろん、私は女性専用車両を利用している。

 私の可愛さは罪だ。

 本来なら痴漢をするはずがなかった誠実な男性でさえ、私が傍で密着することで痴漢になる。

 混雑時に普通の車両に乗れば、私のせいで周りの男たちは痴漢になってしまう。当然、私は男たちに集団で好き放題されてしまうはずだ。


 気がつけば周りは私を狙う男しかいなくなっている。

 面識がないはずの男たちは、私という獲物を前にしてわずかなアイコンタクトで同盟を結ぶ。

 協力し合った彼らによって完全に逃げ場を防がれ、無数の男たちの手で身体中を撫でまわされるのだろう。

 そして挙句の果てには、電車という公共の場所で、私を犯し始めるのだ。

 目的の駅についても男たちの壁に阻まれて逃げ出すことができず、彼らが満足するまで犯される。

 そして世界一可愛い私はボロボロになって、誰もいなくなった車両に捨てられるのだ。


 気持ち悪いなぁ……。

 だから私はいつも気をつけて、女性専用車両に乗るようにしている。

 乗っている……のだけれど。


「……」


 何度も言うけど私は物凄い美少女だ。

 その美貌はときに同性でさえ魅了してしまう。


 私の前に立っている女性の様子が怪しい。

 年齢は30歳ぐらいだと思う。

 ビシッとスーツを着ているキャリアウーマンな女性だ。

 私たち世代の女の子たちがかっこいいと憧れてしまうような素敵な女性……のように見える。


「……」


 彼女はビジネス書を読みながらチラチラと私を見ている。

 嫌な予感がした。

 人混みに流されて身体の横にズレていたバッグを強引に引っ張って、身体の前に持ってくる。

 周りにいる人が迷惑そうな顔を浮かべているけど許してほしい。


 電車が揺れた。


「おっ、と」


 女性がわざとらしく声を出す。電車の揺れに流されたフリをして、ビジネス書を読むために持ち上げていた肘を私の胸に押しつけてきた。


 チラっと彼女を見る。

 「ごめんね、わざとじゃないんだ」と言いたげな申し訳なさそうな表情を浮かべている。

 でも口元がわずかにニヤリとしているのを私は見逃していない。


 痴漢だ。

 女の人だから痴漢じゃなくて痴女になるのかな?


 何も言わない私の様子を見て抵抗しないと思ったのか、より強引にグリグリしてくる。

 もしもここが女性専用車両じゃない普通の車両だったら、周りの人が痴漢だと気づいてくれたかもしれない。

 でも周囲の人も女性専用車両で痴漢が起きるとは思っていないから、女性の不自然な動きに対して何も気づかない。


 満員電車ですし詰め状態だから足の位置を変える余裕はない。

 身体の向きを完全には変えられないけど、上半身をひねることで女性の肘から逃れようとした。

 でも女性は私の動きを追いかけるように肘を無理やりねじ込んでくる。


 誰にもバレないからと気が大きくなってる!

 こっちは穏便に済ませようとしてあげてるのに!


 そっちがその気ならもう遠慮はしない。

 仕方がないって泣き寝入りすると思うなよ!


 私たちの動きなんて誰も気にしていないのだ。

 それを女性が利用しようとするのなら、私も利用し返すまでだ。


「いたッ!?」


 私の胸に意識をとられて油断している女性の太ももの内側あたりを思いっきりつねった。

 声をあげたことで彼女が周囲から注目される。

 彼女は慌てて、肘を私の身体から離した。


 さすがにこの状況で、これ以上痴漢を続けることは難しいだろう。

 次の駅で女性は電車から降りた。

 そこが目的地だったのか、私にやり返されて恥ずかしくなったからなのかは分からないが、とりあえず危機は去ったらしい。


「はぁ……」


 どうして女性専用車両ですら警戒しないといけないのか。

 私が可愛すぎるせいだとはいえ、さすがに理不尽だと思う。

 女だから私の身体を触っていいという訳ではない。

 男だろうが女だろうが気持ち悪い。

 確かに私は内面も外見も天使のように清らかではあるけど、不愉快なものは不愉快だ。


 イライラする。

 今すぐこんな不愉快な電車を降りて叫びたい気分だ。

 苛立ちを募らせていると、スマホのメッセージが届く。

 満員電車の中で身体をよじらせてなんとかスマホを取り出して画面を確認する。

 ヤイダからだった。


『ちゃんと畳んで返せよ』


 ヤイダに送ったえっちな写真に対する返事だ。

 写真を食い入るように見ただろうに、取り繕ってぶっきらぼうな言葉を返している。


「ふふ」


 気がつけば、痴漢に対する苛立ちは消えていた。

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