第12話 意図しないもの

 ヤイダが私のえっちな写真に興奮している姿を想像しながら上機嫌で登校し、下駄箱にたどり着いた。


 上履きに履き替えようとすると、たくさんのねちっこい視線を感じる。

 私が靴を履き替えるときのパンチラを狙っている男子は前からいた。でも、明らかに数が増えている。しかも、その視線の質がより湿ったものに変化していた。


 最悪だ……。

 原因はハッキリしている。


 昨日の私は、ヤロリ断ちの禁断症状が出て、まともな判断能力がなかった。

 普段の危機意識が消え去っていた。

 だからパンチラをしてしまったらしい。

 しかもそのときの瞬間を写真で撮ってみんなに回したバカがいる。

 犯人の名前もリカコが教えてくれた。確か……江崎だったかな?

 その江崎のせいでパンチラ画像が出回ってしまった以上、消すことは不可能だ。


 仕方がない……ことだ。


 許せない。私に我慢を強いるなんて。

 本当に、心の底から、不愉快だ。

 彼らは私のパンチラ画像をオカズにしているのだろう。

 気持ち悪い。想像しただけで腹立たしい。


 別に、私に欲情すること自体を否定している訳じゃない。

 私のような美少女を前にして欲情するなという方が無茶なことだ。

 本物の聖人でもなければ私の美貌に抗えない。

 いや、きっと聖人ですら発情させてしまうはずだ。


 制服を来た私に興奮することは構わない。

 ミニスカートを履いた私の太ももにイヤらしい視線を向けることも構わない。

 私の裸を妄想することも構わない。

 校内で出回っているらしいコラージュ写真を使うことも構わない。

 それらは全部、美少女過ぎる私が外に出た時点で避けられないものだと覚悟している。

 もちろん気持ち悪いことに変わりはないけど、彼らは私がこの世界に対して提供している素材を使っているだけだ。

 私の制御下にある。


 でも昨日のパンチラは?

 ヤロリ断ちの禁断症状のせいで、まともに頭が働いてなかった。

 パンチラを防ぐことに気が回ってなかったが、パンチラを提供する気なんてさらさらなかった。

 私の制御下にないものだ。

 提供していない素材で欲情するなんて許せない。


 凄く、イライラする。

 このままクラスに行けば、リカコたちに心配をかけてしまう。

 鉄壁のガードでパンチラを防ぎなら靴を履き替えて、パンチラ待機組に威嚇するようにニコッと笑いながら、傍を通り過ぎる。

 そして教室に――は向かわず、女子トイレの個室に籠った。

 ヤイダにメッセージを送る。


『なんで男ってパンチラが好きなの?』


 ……中々既読にならない。

 イライラする。

 手に力が入って、スマホを握りしめてしまう。

 スーパー美少女な私のメッセージは届いた瞬間に確認すべきなのに。

 早く気づいてもらえるように追加で送るべき?

 それだとなんだか負けた気がして癪かもしれない。

 でも早く気づいてほしいし……。

 催促しようか悩んでいると――返事が来た!


『男のサガだ』


 何が男のサガだよバーカ。

 心の中で突っ込みながらすぐに返信した。


『ヤイダも好き?』

『ノーコメントだ』


 今度はすぐに返事が返ってくる。

 うんうん。

 それでいいの。


『じゃあ今度また見せてあげる』


 既読のついたまま返事が止まる。

 すぐに返事は来ない。


 でも――それがいい。

 きっと今、ヤイダは悩んでいるはずだ。

 私は『今度見せてあげる』じゃなくて『今度また見せてあげる』と送った。単にまた今度という意味で使ったのか、昨日ヤイダにパンチラしたことを私が把握していて、もう一度パンチラするという意味で使ったのか。

 どちらの解釈が正解なのか、なんと答えればいいのか困惑しているはず。

 ふふふ。

 思う存分悩みたまえよヤイダ!


「……」


 まだ悩んでいるみたい。


「……?」


 うん。


「…………??」


 悩むのはいいけど、ちょっと遅くない?

 もう十分悩んだだろうから返事をしてくれていい。

 というより、返事をするべきだ。

 私が返事を欲しいと思ったタイミングで返事をするべきだ。

 でもヤイダは中々返事をしない。

 ヤイダの癖に生意気!


『パンチラ写真いる?』

『いらない』

『はい、あげる』


 返事を待たずにパンチラ画像を送りつける。

 江山というバカが盗撮した写真だ。

 この写真を勝手に使ってオカズにすることはムカつくが、今回は私がヤイダに提供した形になる。

 だからヤイダがこの写真を使ってオカズにすることは許す。

 きっとヤイダはパンチラに夢中になるから、すぐに返事はないだろう。

 そう思っていたら、すぐに返事があった。


『これ盗撮じゃないのか?』

『うん』

『イコは可愛いんだから、もっと危機感を持て』


「ふーん」


 期待していた反応ではない。

 スマホをポケットに入れて女子トイレを出た。

 教室に向かう途中、ふと立ち止まってスマホを取り出す。

 ヤイダが送ってきたメッセージを再度確認した。


「ふふ」


 やっぱり私は可愛いかぁ。

 そうだよねー。

 私は世界一可愛いもんねぇ。




    ◆




「おはよー!」


 いつものように元気に挨拶をすると、すぐに友人のリカコとアヤが傍に来た。


「昨日はごめん」

「……ちゃんといつものイコに戻ったみたいね」

「完全復活だよ、むん!」


 おおげさに元気だとアピールしてみたら、リカコとアヤが苦笑している。

 彼女たちとは2年に上がって同じクラスになったことでできた友人だ。

 まだ仲良くなって半年程度しか経っていないけど、2人は私にとって得難い友人だと思っている。

 私というスーパー美少女は同性の敵を作りやすい。1年のときに一番仲が良かった友人は、彼女の想い人である男子が、私に告白してきたせいでこじれてしまった。


 でもリカコとアヤにはそんな心配がない。

 多分、精神的に大人なんだと思う。

 そもそも2人とも本命の彼が学校の外にいる。リカコは有名私立大学の医学部に通う大学2年生、アヤは大手商社に勤めるエリート25歳とそれぞれ交際している。写真を見せてもらったことがあるけど、どっちも素敵な彼氏さんだと思う。

 まぁ……そんな本命彼氏がいるにもかかわらず、遊びで校内の男子に手を出すのはどうかと思うが、そのお陰で助かっている部分もあるので批判はできない。


「下駄箱、大丈夫だった?」


 リカコが周囲に聞こえないように小声で尋ねてくる。

 サバサバ系ギャルのような見た目をしているが、実は世話焼きで面倒見がいい。

 彼女は私が、自分が意図していない形で性的な目で見られることを嫌っていると知っている。

 だから心配してくれている。

 ありがたいことだと思う。

 でもその心配は既に無用のものだ。


「大丈夫。でも鬱陶しいことには変わらないから、写真を撮った……江本だっけ?をぶん殴ってやろうかな」

「冗談言えるなら大丈夫か。あと江本じゃなくて江口だから」


 江口らしい。

 まぁ、どうでもいいが。


「これが冗談に見える?」


 シュシュシュっとシャドーボクシングをしてみる。

 生まれつき運動神経には自信がある。

 機会があれば、江藤?に思い切り腹パンしてやろう。

 私のプロレベルのシャドーボクシングを見て、リカコとアヤが笑っている。


「何をしているんだ?」


 美少女な私がそんなことをしていれば当然、目を惹いてしまう。

 夜の外灯に寄ってくる虫みたいに、源田が近づいてきた。


 ……ん?


 源田の立ち位置がおかしい。

 いつもより私と距離が近い。


 私には友人と呼べるような男子は少ない。

 少しでも仲良くなれば勘違いして告白してくるからだ。

 でも源田は数少ない男子の友人だ。


 当然のことだけど、源田も私を好いている。

 でも彼は分をわきまえていた。

 必要以上に近づこうとせず、あくまで友人という立ち位置を守っている。

 だから友人であれた……のだけど。


 なぜか今日は妙に距離が近い。

 まるで交際している男女みたいな、肌が触れ合いそうになるぐらい接近している。


「あー……リカコ、アヤ、ちょっと来て」


 強引に源田から距離をとって、リカコとアヤの3人で小声で話す。


「源田に何があったの?」

「あんたのせいだっての」

「? 源田が私を好きなのは、そりゃあ私が美少女なせいだけど」


 呆れたように肩をすくめながら、リカコが事情を説明してくれた。

 ヤロリ禁断症状中の私は色々とやらかしていたようだ。

 その結果、私が源田のことを好きだと勘違いしたらしい。


 うわぁ……。

 ヤロリ断ちの禁断症状の弊害がひどすぎる!

 源田が自惚れを自覚してくれるまでは、なるべく距離をとろうと決心した。


 そもそも今は源田なんてどうでもいい。

 私には距離を近づけたい人たちがいる。


 教室の隅っこに目を向ける。

 男女四人組のオタクのグループ。野地ヤロリのことを語り合っていた人たち。

 彼らの一人で、いつも大人しそうに静かにしている女の子、三浦さんと目が合った。


 野地ヤロリのことを語っていたときは顔をキラキラと輝かせていたのに、私を見る目には怯えの感情が宿っていた。


「はぁ……」


 私と彼女たちの間には壁がある。

 物理的な壁じゃない。

 もっと精神的な、概念的な壁だ。

 スクールカーストの下位にいるオタクグループと、スクールカーストどころか人類カーストの頂点にいる私。


 私と彼らは、決して交わらない……。

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