第10話 最近の若い子の考えることはよく分からない

 イコの看病をしていると、いつの間にか夕食の時間になっていた。

 うどんはどうかと提案してみると食べられそうという返事があった。

 何も食べなければ治るものも治らない。

 少しでも栄養をとろうという気概が大事だ。


「いい匂い」


 イコが寝室からリビングに出てきた。

 調理中で手が離せない。背を向けながら尋ねた。


「体調はどうだ?」

「少しマシになったかな? うどんの匂いでお腹減ってきたかも」


 食欲が出るのは回復の兆しだ。

 良かったと安堵していると、ぐ~~という音が聞こえた。

 イコのお腹が鳴ったらしい。


「待て待て、そう急かすな」

「ほぁぁぁ~」


 今のイコの様子は見えないけど、きっと羞恥に悶えているのだろう。

 微笑ましくて笑みがこぼれた。


 野地ヤロリとしての配信中、次の行動に手間取ったりすると、よくヤロリアンから『はよしろ』と急かされる。

 前の職場では上司から「どんくさい」とよく怒られていた。配信中はあまり焦った様子を見せないように心がけているが、急かされる度に内心では結構焦っている。

 でも可愛い女の子の腹の虫に急かされるなら大歓迎だ。

 調理がひと段落ついたので、ちょっとばかりからかってやろうとイコの方を向いた。


「ッ!?」


 イコにはパジャマの上下を渡した。

 布団を被っていたから確認はしていなかったが、当然、上下ともに着ていると思っていた。

 でもリビングの椅子に座っている彼女は、明らかに上しか着ていない。

 いわゆる彼シャツ状態だ。


「な、なんで下を履いてないんだ」


 シャツの下から、若さを感じる健康的な太ももが覗いている。

 柔らかそうだ。

 矢井田のたるんだ太ももと違って、ハリとツヤがあって思わずさすってしまいたくなる太ももである。


「だっておっきすぎるし」

「ぐっ……」


 矢井田は太っている。

 でもズボンはひも付きだったから、ちゃんと結べば履けるはずなのだ。


「別にこのままでも普段のスカートより丈が長いし問題ないでしょ」


(問題ある!)


 イコにとって問題がなくても、矢井田にとっては問題がある。

 彼シャツは男にとって特別だ。

 そんなことをされたら平常心でいられるはずがない。


「ヤイダは病人に手を出すような人じゃないでしょ?」

「それはそうだけど」


 そもそも合意のない相手に手を出したりはしない。

 17歳の彼女が矢井田のようなおっさんに恋することはあり得ないから、病人であろうがなかろうがイコに手を出すことはない。


 だから別に無防備になったところで貞操の危機がある訳ではない。

 ないのだが、もうちょっと危機感を持ってほしいと思う。

 心配になる。

 イコみたいな美少女がこんなにユルユルで、普段の日常生活は大丈夫なんだろうか。




    ◆




 器にもってうどんを提供する。


「おぉー、ほんとに料理できるんだねー」

「ん? 料理ができるって話したっけ?」


 まるで以前に料理ができるという話を聞いたことがあるかのような言い分だったが、彼女にそんな話をした覚えはない。


「あ、いや、こっちの話……あはは」


 何か勘違いしたのだろうか。

 挙動不審に誤魔化し笑いをしている。


「じゃあ早速いただいちゃおうかな」

「おう。しっかり食べて栄養つけろ」

「いただきます!」


 人に料理を振舞うのは初めてかもしれない。

 野地ヤロリとして料理動画を配信したこともあるけれど、ヤロリアンには画面越しでしか見せられないし、直接誰かに食べてもらうというのは多分初めてだ。


「そんなにジーッと見られたら食べにくいんだけど」

「あ、悪い。すまん」


 矢井田は少し緊張していた。

 味見した限りでは美味しくできたと思うが、人によって好みもある。

 イコの口に合うだろうか。


「美味しい……」


 吐息混じりに呟いた。

 無意識に言葉が漏れ出た感じで、お世辞で言った訳ではなさそうだ。

 良かった。一安心だ。


「何か柑橘系の味がするような……?」

「ゆずだな。苦手だったか?」

「まだ身体がダルいけど、爽やかで食べやすい」


 その言葉に嘘はないようで、一口、また一口とうどんを食べ始めた。

 イコはブカブカで大きなパジャマを着ている。

 出るところが出ている美少女であることや、下を履いていないことを無視すれば、こどもが無理やり大きいパジャマを着ているようにも見える。


「ふふ」


 つい嬉しくなって笑みがこぼれた。


「はぅぅ、ママ……」

「ママ?」

「えっ!? あ、まるでママみたいだなって思って!」

「俺は独身のおっさんだぞ。ママは止めてくれ」


 野地ヤロリとしてママと呼ばれることはあるが、俺自身がママと呼ばれるのはさすがに勘弁願いたい。


「イコのご両親はいつ頃帰ってくるんだ?」

「……帰らないよ」

「えっ?」

「私、一人暮らしだから」


(地雷だー!?)


 親の話題になった瞬間、イコの機嫌が一気に悪くなった。

 とりあえず両親のことには触れないようにしよう。


「風邪をひいたときに一人だと大変だからな。しばらくゆっくりしていくといい」

「ヤイダは優しいね」

「一人にして倒れられでもしたら寝覚めが悪くなりそうってだけだ」


 ついでに言えば、イコが美少女だからだ。

 美少女には優しくしたくなるのが男のサガである。


「ごちそうさまっ」


 イコは完食した。汁まで全部飲んでくれた。

 発熱していて食欲はあまりないと言っていたのに完食してくれたのだ。

 嬉しく思った。


「果物でも食うか?」

「何があるの?」

「シャインマスカットだ」

「シャイマス!? 食べる食べる」


 目をキラキラさせて、おいしーと言いながら一粒ずつ口にする。

 うむ、と矢井田は頷いた。

 やはり女の子にはスイーツやフルーツが良いらしい。


(まぁ俺も好きだけど)


 フルーツも食べ終わって少し休憩した後、イコはまた寝室へと戻った。


「パジャマのズボン、履かないなら回収していいか?」

「うん、その辺に落ちてるから」


 ベッドの横に脱いだ制服と一緒に置いてある。

 彼女の制服を意識しないようにしながら、パジャマを拾った。


「ッ!?」


 パジャマを拾ったときに、イコのインナーとブラジャーが制服と一緒に置いてあるのが見えてしまう。


(じゃぁ、まさか……)


 今の彼女はノーブラパジャマ状態ということだ。

 幸運なのはパジャマがだぼついているためか形が分かりづらいことか。

 さっきも食卓机を挟んで向かい合っていたけど気づかなかった。

 もし気づいていたら平常心ではいられなかったかもしれない。




    ◆




 夜の10時になった。

 寝室を覗いてみれば、イコはぐっすりと眠っていた。

 しっかり晩ごはんも食べたし、しっかり眠っている。

 きっとすぐに快復するはずだ。


 今日は配信の予定もなかったから、ソファーに座ってテレビを見ていると、イコが起きてきた。


「今日はもう帰るよ」

「……大丈夫なのか?」


 今の彼女はノーブラだ。

 しかも生地の薄いコットンパジャマを着ている。

 大きいサイズを着てダボついているとはいえ、意識して見れば、2つの先端がはっきりと分かった。

 17歳の少女に対して向けてはいけない視線だと分かってはいても、ついチラチラと見てしまう。


「しばらく眠ったお陰で身体はだいぶ楽になったから。それにヤイダの寝る場所がなくなっちゃうしね」

「俺はソファーで寝ればいいから大丈夫だぞ」

「家でやりたいこともあるから」


 うら若き女子高生だ。

 自室でやりたいことは色々あるのだろう。

 心配ではあったが、無理に引き留めるのも違う気がする。


「分かった。何かあったら連絡してくれ」

「じゃあ連絡先教えて」

「えっ? まぁ、別に構わないが」


(俺のようなおっさんが、女子高生の連絡先を知ってもいいのだろうか)


 イコは特に何も気にする様子もなく連絡先を交換した。

 そして帰る準備を整えて、イコと共に玄関までやってくる。


「また遊びに来てもいい?」

「別にいいが……つまらないと思うぞ」


 今ごろの女子高生が楽しめるようなものは置いてない。


「つまらないかどうかは私が決めるから」

「そういうもの……なのか?」

「そういうもの!」


 彼女が来たいと言うのなら構わない。


「俺にも用事はあるから、来るなら事前に連絡してくれよ?」


 Vtuberとしての配信もある。

 さすがに配信中に彼女を家にあげることはできない。


「分かってる。ヤイダの邪魔にならないようにするからさっ」


 また今度連絡するねと言いながら、イコは自分の靴を履くためにしゃがんだ。

 パジャマがめくれて白いショーツが見えた。


(ノーブラ彼シャツにパンチラとか最強かよ)


 イコは俺に背を向けているから気づいていないと思うが、思わずガン見してしまった。


「じゃあ、またね」


 イコが玄関扉を開けて外に出る。


「送ってくよ」


 イコの家はすぐ隣だ。

 数秒でたどり着ける距離ではあるけど、重たい荷物があったから、目の前までついていくことにした。


「あはは、すぐそこだけどね。でも、よろしくお願いします」


 イコと共に1002号室の前に来た。

 鍵を開けて扉を開ける。

 部屋の中を見ないように視線をそらした。


「今日はありがとね、ヤイダ」


 部屋の中から、扉を半分ほど開けてイコが礼を言う。


「これ、持ってけ」


 マキにビニール袋を渡す。

 看病のために買ったアイスとかプリンとか、その他必要そうなものを色々詰め込んでいる。


「ありがと――って、重!?」


 心配になってあれもこれもと入れすぎたかもしれない。

 イコは一度玄関の扉から手を放して、無駄に重たい袋を部屋の中の廊下に置いた後、また戻ってきた。


「本当に、色々ありがとう」

「気にするな。それより、まだ完全には回復してないんだから油断するなよ?」

「分かってる」

「ちゃんと体温測って、高くなりすぎたら氷で脇とか首を冷やすんだぞ?」

「分かってる」

「こまめに水分とれよ?」

「分かってるって」

「今日は風呂じゃなくてシャワーにしとけよ?」

「だから分かってるって! ヤイダは私のママか!」


 ムッとした顔で反論される。

 確かにうっとうしかったかもしれない。

 反省して謝ろうとすると、イコが首を傾げた。


「ママ……?」


 そして、急にパッと顔を輝かせて玄関の扉を勢いよく全開にした。


「ママっ!」


 グイっと俺の元に近づいてくる。

 近い近い!


「な、なんだ? 俺はお前のママじゃないぞ」

「ッ! ……じゃあね!」


 我に返った様子のイコは、慌てて玄関扉を閉めて中に戻って行った。


(今のは何だったんだ?)


 何が何だか分からず1002号室の扉の前で立ち尽くす。


「ほぉぉおおおおおお!」


(な、なんだ?)


 扉の向こうから奇声が聞こえてくる。

 何か非常事態があったのかもしれない。

 慌てて玄関扉をノックしながら大き目の声で尋ねた。


「お、おい! 大丈夫なのか?」


 カチャと玄関扉が少しだけ開いた。

 その僅かにできた隙間から、イコがこっちを覗いている。


「今の聞いたの?」

「あ、あぁ。大丈夫か?」

「……この変態!」


 なぜか罵倒しながら、バタンと扉を閉めた。


「……なんで?」


 今日、彼女に対して、変態と呼ばれてもおかしくない行為をいくつかしている。

 パンチラに興奮したり、ノーブラ彼シャツに興奮したりしてしまった。もしその行為によって変態だと非難されたら甘んじて受け入れるしかない。


 でも、今のは納得できない。

 なぜ変態だと言われたのか。

 全くもって理解できなかった。


「最近の若い子の考えることはよく分からないな……」


 自嘲混じりに、そう呟いた。

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