第5話 美少女JKのキメ堕ち

 男子の告白は速攻で断った。

 いつもはもう少し丁寧に断っていたけれど、今日は適当になってしまった。

 まぁそんなことはどうでもいい。

 そもそも私に告白する輩(たまに女の子も告白してくる)は何を思って告白してくるのだろうか。

 私が彼らに応える可能性は皆無なのに。

 告白されたら好きになるとでも思っているのだろうか。

 そんなことをすれば、私は世界中の80億の人たちのことを好きになる必要がある。

 内面も天使のように可憐な私であっても、さすがにそこまでの博愛主義者じゃない。


「野地ヤロリ……早く調べなきゃ!」


 しどろもどろなオタクグループから野地ヤロリについて聞き出した。

 要領を得なかったがVtuberというやつらしい。

 最近人気の個人系Vtuberだとか? なんだそれ。


 オタクグループの4人とも動揺していて、良い情報を得られなかった。

 どうもネットで調べた方が早そうだったから、とっとと切り上げて、告白も一瞬でフッて、私は全力で走りながら家に向かっていた。


「うぉ、すげえ美少女!」


 走りながらすれ違った大学生ぐらいの男が驚いている。

 こんなときでもスポーティな美少女・イコちゃんを維持する――さすが私っ!

 私は走る姿も可愛い。

 いつだって可愛い。

 世界一の美少女だ。

 だから……野地ヤロリとかいう女に負けるはずがない。

 たとえオタクであっても、私が一番になるはずだ。私以上の美少女なんて存在しないはずだ。


「化けの皮を剥がしてやる、野地ヤロリ!」


 どうせエロで釣っているビッチに違いない。

 私は確かに超絶美少女だ。

 ただ、それでも私よりも別の女を選ぶ男もいる。

 ヤレない美少女よりヤレるブス。値段が高すぎて手を出せない私という極上の超高級料理よりも、どこにでも売っているようなジャンクフードを実際に食べる方がいいという者も多いだろう。

 それは性欲がある以上、仕方のないことだ。


 というかヤレるブスを選んでくれないと、私は世界中の男から(ついでに女からも)レイプされてしまうだろう。

 うぅ、怖い怖い。

 私の美しすぎる身体を好き放題されているイメージが脳裏に浮かんだ。


 ゾンビ映画でゾンビが生者に群がるみたいに、私は無数の男に犯されるのだ。

 私の美貌を前に順番待ちをする余裕もなく、私の身体のあらゆる場所を使って犯しつくすだろう。

 前の穴や後ろの穴だけじゃない。

 口も足も手も脇も、なんなら髪の毛だって男たちに穢されるのだ。

 何にも染まらない純粋で無垢な存在である私を、自分の色に染めてやるとばかりに好き放題にしてくるだろう。

 世界で一番可愛い私が――。


「あぁ……」


 気持ち悪いなぁ。

 ブルブルと身体を震わせながらも、家を目指して全力で走る。

 自宅に帰って少し息を整えた後、パソコンの電源を入れた。


「のじやろり……っと」


 検索サイトに野地ヤロリの名前を入れる。


「おっ?」


 どうやらちょうど今、動画投稿サイトでライブ配信を行っているらしい。

 その配信動画をクリックして開く。


「絵じゃん……」


 つまらない雑談をしており、画面の右下に野地ヤロリと思わしき女が映っている。

 絵ではあるけれど話の内容にあわせて動いていた。

 多分自分の姿をカメラに撮って、その動きを反映しているんだと思う。


「私、こんな絵に負けたの?」


 可愛らしい少女だとは思う。

 オタクの人たちが好きそうなロリ系の美少女キャラだ。

 着物がちょっとエッチな感じに改造されているものの、エロで釣っているという感じはしない。


「なんで?」


 別にトークが抜群に上手いという訳でもない。

 私よりこの子を選ぶ理由が何一つ分からなかった。

 彼女の過去の動画を調べれば分かるのだろうか。




    ◆




 過去の動画リストの中に、私がやったことのあるゲームをプレイしている動画があったから試しに選んでみた。

 そのゲームはリズムゲームなのだけれど、ヤロリのプレイはぶっちゃけ下手だった。

 運動神経抜群で反射神経にも自信がある私に言わせれば、どんくさすぎる。あざとく狙って失敗しているという感じでもなく、本気で失敗しているらしい。


「ぬっ!? あっ、違うのじゃ!」


 どんくさいおっさんがやるようなミスをしている。

 凄いと思える場面はなく、特に面白みもないプレイなのに、ヤロリを称賛するようなコメントがたくさん寄せられていた。


[運痴のヤロリ可愛い]


「わしは運痴じゃないのじゃ」


[ウンチ助かる]

[のじゃろり美少女のウンチ発言きたー!]

[ヤロリのウンチになりたい]


「変態なヤロリアンは嫌いじゃ!」


[ごめんて]

[悪かった]

[反省する]

[もうしない]


「あっさい反省じゃの。全くもって仕方のないやつらじゃが、わしは寛大じゃからな。許そうではないか」


 ……なにこれ。

 くだらない慣れ合いに呆れてしまう。


 どうやらVtuber野地ヤロリのファンたちのことを、ヤロリアンと呼ぶらしい。

 彼らはヤロリアンという呼称に誇りを持っている気配すらある。

 オタクという人種は理解ができないと思った。


 オタクは気持ち悪い。理解のできない存在だ。

 だからオタクが私じゃなくて、野地ヤロリを選んでもおかしくはないのかもしれない。

 頭のおかしい人種だからこそ、哀れなことに私の可愛さが分からないのだ。


 結論が出た。

 オタクは気持ち悪い――以上。

 あのオタクグループのやつらは、私から、つまりこの世界の真理から目をそらしているだけだ。

 だから私が世界で一番可愛いという事実は何一つ揺らぐことはない。


 だからもうヤロリのことを調べる必要はない。

 ないけれど――


「……折角だし、もうちょっと調べてみようかな」


 次の動画を開いた。




    ◆




 野地ヤロリというキャラクターは、幼子のような体型でありながらも年上の余裕を醸し出している。

 鬼の血を引いており、平安時代から生きているという設定らしい。


「全く、仕方のないやつらじゃのう」


 だからなのか、割と欲望に塗れたヤロリアンたちの希望も否定したりはせずに受け入れて、可能な限り叶えるスタンスだ。

 「全く、仕方のないやつらじゃのう」という言葉は、ヤロリがよく使っており、口癖の一つとして扱われている。


 気持ち悪いヤロリアンどもの要望はエロ関係が多い。

 やっぱりエロで釣っている……?

 二次元しか愛せないオタクと、そんなオタクをエロで釣るビッチ。そういう関係なのかもしれない。

 ヤロリ自身もそのやり取りを許容している節がある。

 気持ちの悪い慣れ合いだ。




    ◆




 小学生の頃に友だちの家でやったことのあるレースゲーム。そのシリーズの最新版をヤロリがプレイしていた。


「下手だなぁ」


 いくつも動画を見て、うすうす感じてはいたけれど、ヤロリはあまりゲームが得意ではないらしい。

 でも彼女がゲームが好きで一生懸命にプレイしていることは伝わってくる。そんなところがヤロリアンたちにとって魅力的に映るのかもしれないと思った。


「ま、またダメだったのじゃ……」


 ヤロリはオンライン対戦で1位を目指している。

 でもこういうゲームのオンライン対戦をしている者の多くは、ある程度プレイの経験がある上手な人ばかりだ。

 幸運に恵まれなければヤロリの実力で勝つことは難しいだろう。


「でも諦めないのじゃ。次はきっと勝ってみせるのじゃ! ヤロリアンのみなもわしを応援してくれ!」


 頑張れっ。

 頑張れ、ヤロリっ。


「……はッ!?」


 私は我に返った。

 完全にヤロリに引き込まれていた。

 一生懸命に頑張る彼女のことを、知らずのうちに応援していた。

 恐ろしい……これが野地ヤロリか!


 そしてレースが始まった。

 途中で拾ったアイテムがどれも効果的なものばかり。競争相手がミスを連発。

 奇跡的な幸運によって、ヤロリが1位でゴールする――


「どうじゃ、これがわしの真の実力なのじゃ!」


 やった!

 やったねヤロリ!


 コメントも祝福で溢れている。

 今この瞬間、ヤロリとヤロリアンたちと――そして私の心は完全に一つになっていた。


「あっ」


 ヤロリが間抜けな声を出す。

 目を疑った。

 ヤロリの操作するキャラが、2位のプレイヤーによる妨害(やけくそ気味の行動で、普通は意味がない)をある意味奇跡的に受けて、クラッシュしてしまう。


「えぇっ!?」


 誰もが想定していなかった事態。

 ヤロリが慌てて必死にリカバーしようとするけど、もうどうしようもなく、競争相手たちが次々とゴールしていく。


「むぅ……」


 ヤロリが言葉を失っていた。


[草]

[さすがヤロリ]

[神回]


 ヤロリアンたちが笑っている。

 酷いやつらだ。


「ぐぅ、こ、こんなのあんまりなのじゃぁ……」


 声が震えて泣きそうだった。

 いや、画面では分からないだけで、もしかしたら彼女の中の人は泣いているかもしれない。

 あれだけ一生懸命だったヤロリが、泣いている。


 ――なんて、可愛い。


 ゾクゾクした。

 好きな子に悪戯したくなるというやつかもしれない。

 私は小さい頃、バカな男子たちに悪戯される側だった。

 当時は迷惑でしかなかったけど、今、彼らの気持ちがよく分かった。


 可愛い可愛いヤロリ。

 ヤロリみたいな可愛い子が、虐められている姿は――とってもとっても心が躍る。


「も、もう一戦やるのじゃ!」


 うん。

 頑張れ、ヤロリっ。

 頑張って頑張って……それでも上手くいかずに心が折れてほしい。


「頑張れヤロリ、私がずっと見てるから」


 スマホの通知音が鳴る。


『大丈夫?』


 リカコからメッセージが届いていた。

 時間を確認すると既に9時を過ぎている。


「あっ」


 1限目は8時45分開始だ。

 もう始まっている。

 今から行っても完全に遅刻だ。


「うーむ……」


 私はまだ野地ヤロリのことを完全には理解できていない。

 なぜあのオタクグループは私より彼女を選んだのか。

 それを調査するためにもっとヤロリを知る必要がある。


『体調悪いから学校休む』


 リカコに返事をした。

 学校の対応は彼女が上手いことやってくれるだろう。


「次こそ勝つのじゃ!」


 今はヤロリの魅力を調査することが最重要課題!

 レースの開始前に気合を入れているヤロリ。彼女に届けと画面に向かって声をかける。


「頑張れヤロリーーーー!」




    ◆




 学校をずる休みした日の夜。

 パソコンの画面を見過ぎたせいでギンギンに血走った目を、それでも無理やりガン開きにしながら叫んだ。


「あ"ぁ"~、最高だよヤロリぃぃぃ!」

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