第2話 隣の美少女JK
見た目から判断して、おそらく女子高生だろう。
単純に顔立ちにまだ少し幼さがあることもそうだが、一番の理由は制服を着ているからだ。
厳密に言えば、学校指定の制服ではなく、なんちゃって制服だ。
ミニスカートに白シャツ、クリーム色のカーディガンに青のストライプリボン。
可愛い。
可愛いの極致だった。
彼女自身の美貌と女子高生というブランドがかけ合わさって、魅力が天元突破している。
金髪のショートカットでボーイッシュな雰囲気を持つ彼女は、大きな目をぱちくりとさせながら、矢井田のことを見つめている。
その瞳に魅入られてしまいそうだ。
彼女に見られただけで好きという感情が芽生えそうになる。
同級生の男子たちは一瞬で恋に落ちるだろう。
もしも自分が学生の頃に彼女と同じクラスだったなら、叶わぬ恋に苦しんでいたはずだ。
「えっと、どうしたのかな?」
さすがにいつまでもこのままではいられない。
声をかけるとハッと我に返った。
「隣に引っ越してきたので、これ、どうぞ」
両親は仕事か何かで来られないのだろう。
でも彼女は一人でも律儀にあいさつに来てくれたという訳だ。
よくできた娘さんだと思う。
礼を言いながら紙袋を受け取る。
矢井田が住んでいるのは角部屋の1001号室だ。隣と言えば1002号室しかない。
1002号室は、ついこの前まで別の人が住んでいた気がするのだが、いつの間にか出て行ったらしい。
引きこもってばかりだから気づかなかった。
「あれ? このブランドって確か……」
貰った紙袋に描かれているロゴには見覚えがある。
若い女性がよく使っている化粧品ブランドだ。
元々は知識がなかったが、バ美肉するにあたってこの辺りのことも勉強したのだ。
マナー違反かとも思ったが、手土産としては特殊な紙袋だったから中身を尋ねる。
「ちなみに、何が入ってるの?」
「口紅です」
「……えっ?」
(口紅?)
リップクリームや化粧水であればまだ使い道があるかもしれないが、口紅は貰ってもどうしようもない。
バ美肉Vtuberとして女キャラを演じているものの、リアルで女装をする趣味はない。
「俺に使えってこと?」
「えっ?」
目を丸くしている。
なんでそういう考えになるのか分からない、という顔だ。
可愛い。
でも、なんでそういう考えになるのか分からないのはこちらの方だ。
「一緒に暮らしている人に渡してください」
「俺は一人暮らしだけど」
「……えっ?」
2LDKの部屋は一般的に言えば、一人で暮らすには少し広い。でも配信専用部屋も必要だったからちょうどいい広さになっている。
「娘がいる?」
「いない」
「結婚は?」
「してない」
「彼女は?」
「いない」
「同棲は?」
「してない」
悲しいことに、ろくに出会いもないからここしばらくはずっと独り身だ。
「えっ? なんで?」
「なんでと言われても困る。俺は一人暮らしだから」
「嘘、でしょ」
「ほんとほんと」
同年代の娘がいることを期待していたのかもしれない。
だから手土産の品も、『若い女性が使う化粧品ブランドの口紅』だったのだろうか。
隣に住む同世代の女の子と、仲良くできることを夢見て引っ越してきたのかもしれない。
だとすれば申し訳ないことをしたと思う。
残念なことに、隣の1001号室はさもしいおっさんの独り暮らしだ。
(君の願いは1003号室で叶えてくれ。1003号室に女子高生が住んでいるかは知らないけど)
「女の子が住んでるよね? 隠してるの?」
「隠してないし、俺しか住んでない」
目の前の美少女は、矢井田の部屋に女の子がいると思い込んでいる。
もしかして配信の声が漏れたのかと思ったけど、すぐに違うと思い直した。
バ美肉Vtuberとして女性の声で配信をしている。でもそれはPCの中で女性の声に加工しているだけで、部屋の中で喋っている声は男のものだ。
配信の声が漏れたとしても女性の声じゃない。
「だったら中を見せて」
玄関に立っていた矢井田の横を通り抜けて、中に入ろうとする。
「ちょ、ちょっと待って。さすがにいきなり部屋を見せる義理はないぞ」
「やっぱり隠してる!」
(なんなんだこの子は)
引っ越しの挨拶をしてくれる礼儀正しい子かと思ったら、とんだじゃじゃ馬だったらしい。
いかに彼女が失礼な子であっても、抜群の美少女女子高生だ。おっさんの家にあげた時点で事案になりかねない。
かわりに妥協点を示した。
「部屋の中までは見せられないけど、この下駄箱を見てくれ。男物しかないだろ?」
もしも女性が住んでいたとしたら、仮に出かけたとしても、何足かは女性用の靴が置いてあるはずだ。
でも下駄箱にあるのは全て男性用。矢井田の靴だ。
彼女はじっくりと疑うように下駄箱を調べる。その内の一つを手に取った。
「くさっ」
どうやら匂いを嗅いだらしい。
顔をしかめている。
(やめてほしい)
一通り調べ終わると、彼女もついに負けを認めた。
「そんな……どうして……」
よほどショックだったのか、ろくに事情も説明せず、フラフラとした足取りで1002号室へと帰っていく。
隣人がおっさん一人で辛いのかもしれないが、そんな反応をされるとこっちはもっと辛い。
ぽつーんと一人取り残される。
外から吹いてくる風が、心を寒くした。
「どうしよう、これ」
改めて手土産を見つめる。
折角選んでくれたのだ。捨てるのも忍びない。
配信部屋に飾っておこう。
そして――
「せめて配信の話題にしてやるか」
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