第21話 リア・バレ

 相本イコと同じクラスの男子、源田。

 相本がヤロリ断ちの禁断症状によって全方位誘惑マシーンと化したとき、源田も思いっきり誘惑された。

 その結果、相本は自分のことが好きなのだと勘違いしてしまった。

 脈がないと思っていたから適切な距離を保てていたのに、そんな勘違いをしたことで完全に距離感がバグってしまう。


「くそッ! 最悪だ」


 源田は苛立ちを隠せなかった。

 相本と言い争いをしてしまったからだ。


(全部あの気持ち悪いオタクたちのせいだ)


 彼らが同じクラスにいなければ、わざわざ話題に出すこともなかった。


(でも……相本も相本だ)


 最近、妙に付き合いが悪い。

 相本が自分のことを好きだと分かったから、その気持ちに応えようとしているのに、あまり反応が良くない。

 照れているのだろうか。


(とっととヤラせろっての!)


 天使のように美しい相本を、穢れなき美少女を自分色に染めるのだ。

 源田の頭の中では、相本と恋人になって性行為をする妄想が繰り広げられていた。




    ◆




 次は音楽の授業だ。

 クラスメイトたちはみな別棟に向かっている。

 源田は教室に忘れ物をして、一人で戻って来ていた。

 教室の中には彼以外誰もいない。

 源田は教室のとある一点を見つめていた。


 相本の机がある場所だ。

 正確にはその机の横にかけてあるカバンだ。


(最近の相本はおかしい。何か理由があるのか?)


 もうすぐ相本の恋人になる男として、その秘密を知っておく必要があると思った。だから源田はカバンを手にとって中を漁る。


(別におかしなところはない……か?)


 不自然なものはなさそうだ。

 きっと何かあると思っていたのだが肩透かしをくらった気分だった。

 何も見つからずに諦めようと思ったときカバンから何かが落ちて机の下に転がった。


「ん?」


 その物体を拾う。


「なんだこれ」


 デフォルメされた少女の人形だった。

 着物を変に改造して、無理やり肌の露出を増やしたような衣服を身に纏っている。

 おでこにはまるで鬼みたいな二本の角が生えていた。


「あのオタクたちのやつか? いや、でも相本のカバンから……?」


 以前の相本は、オタクに関して何かを語ることはなかった。

 でも言葉にこそしないが、どちらかといえば否定的だったように思う。

 少なくとも自分には全く関係のないことだと振舞っていたし、彼らのことを悪く言っても別に気にする様子もなかった。

 だからあの日、突然相本が突っかかってきたことに、源田は酷く驚いたものだ。

 どうして急にと疑問だったが、その理由が今ハッキリと分かった。


「危惧していたことが現実になってやがる!」


 あの天使みたいな相本がオタクたちに穢されている。


 ――そんなこと、あってはならない。




    ◆




 休み時間、三浦さんたちのグループが楽しそうに語り合っている。

 Vtuberの話をしているらしい。

 【夢現】について語り合っているけど、以前のコラボのお陰か、時折、野地ヤロリの名前も出てきている。

 私もあの中に混ざりたい。

 このままあのグループの元に行けばどんな反応をされるだろうか。

 きっと……快く受けれてはもらえないだろう。

 私みたいな完全無欠の美少女がオタク談義をすることは、きっとみんなのイメージ通りじゃない。


「あっ」


 三浦さんと目が合った。

 でも気まずそうに目を逸らされる。

 ……そりゃそうだよね。


「大丈夫?」


 リカコが私を心配してくれている。


「素直に言えよ。オタクたちと気持ち悪い話がしたいって」

「……は?」


 源田が苛立ちを隠そうともせずに、私に声をかけてきた。


「なんのこと?」

「隠しても無駄だぜ。これが証拠だ」


 源田が何かを私の机の上にポイっと投げた。

 それを見て、目を疑った。

 私の大事なヤロリちゃん人形!

 ずっとカバンの中に入れていたはずなのに、どうしてそれを源田が持っているのか。

 答えは一つしかない。


「私のカバンの中、勝手に見たの!?」


 最悪だ。

 カバンを勝手に漁ったのも許せないし、何より許せないのは私のヤロリちゃん人形を乱暴に扱ったことだ。

 お前みたいな汚い手で触っていいものじゃない!

 立ち上がって源田の前に立ち、思いっきり睨みつけた。


「最低」

「それはこっちの台詞だ」


 源田は動じない。

 おかしい。

 私のことが好きなはずでは……?


「俺を幻滅させないでくれ」


 思わず後ずさってしまう。

 源田はじりじりと詰め寄ってくる。


「俺の相本はオタクじゃない」


 お前なんかの私じゃない!

 でも彼が言っていることも分かる。

 私が築き上げてきた私のイメージ。

 スーパー美少女・イコちゃん。

 彼女はオタクに関係することとは無縁なのだ。


 源田の言葉を、私自身が強く否定できないでいた。

 逃げるようにして後ろに下がり、やがて壁に背中が当たった。

 もう……逃げ場はない。


「相本はこんなのが好きな女じゃないよなぁ?」


 源田は私の頭の上あたりの壁に、右腕を叩きつけた。

 壁ドンだ。

 気持ち悪い。

 源田が私のパーソナルスペースに入っている。

 吐きそうだ。

 生理的な嫌悪感が身体の底から湧き上がってくる。

 源田に対する嫌悪感が限界を超えて――身体が勝手に動く。

 思いっきり足を蹴り上げて、源田の急所を攻撃した。


「ォ"ッッッッッ!?」


 源田が声に鳴らない悲鳴を上げている。

 痛みで悶絶しているけど、ざまぁみろとしか思わない。


「お前なんかに壁ドンさせてたまるかバーカ!」


 アソコを抑えて悶えている源田の姿を見て胸がスッとする。

 吐きそうな嫌悪感も薄れていく。

 でも周囲を見渡すと――


「あっ……」


 三浦さんたちの目に恐怖が宿っている。

 その目を見て、私は思い知らされた。

 私が彼女たちと語り合えるときは来ないのだ、と。


「イコ!」


 リカコの制止する声を無視して、私は学校から逃げ出す。

 行き先は――決まっていた。

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