第16話 指示厨の素質

 イコは毎日のように矢井田の部屋にやってきては入りびたっている。

 いつの間にやら晩ごはんを一緒に食べるのも当たり前みたいになってきた。

 当然、作るのは矢井田の役目だ。


「おなかすいたー」


 ヤロリが配信中に話題に出したゲームをプレイしている。

 ミニスカートを履いているのに、ソファーの上で胡坐をかいて座っていた。

 はしたない。


「まだ5時過ぎだぞ」


 いつも晩ごはんは大体7時に食べている。

 もうちょっと後になってから準備を始めるつもりだった。


「早くご飯つくってよ」


 ぶーぶーと頬を膨らませてダダをこねながら、両ひざを上下に動かしている。

 ひざが上下に動くたびにスカートの裾が動いて、見えそうで見えなくてイライラするから止めてほしい。


「こどもか」

「だって私こどもだしー」


 矢井田は自分の生活リズムを守りたい派だ。

 Vtuberという仕事があるにしても、基本的に引きこもり状態だ。

 自分を律して生活リズムを作っていかなければ、簡単に昼夜逆転生活になってしまう。


「美少女の頼みが聞けないっての?」

「自分で言うな」

「だって事実だから」


 相変わらずのナルシストだ。

 でもイコが美少女なのは事実だ。


「まだ晩ご飯には早い。我慢しろ」


 頼みを断れば、シュンと俯いた。

 美少女な彼女が悲しい顔になると、まるでこっちが悪いことをしてしまったような気分になる。


「今日ね、体育でバスケやって動いたからお腹空いたんだ……」

「そ、そうなのか」


 イコは身体を動かすことが好きらしい。

 きっとバスケも全力で楽しんだのだろう。


「ヤイダの美味しいゴハン、早く食べたいなぁ」


 ひもじいよぅと元気なく呟いている。


「はぁ」


 ため息が出た。


「全く、仕方がないなぁ。今から準備すればいいんだろう?」

「やりぃ!」


 さっきまでの元気がなかったイコの姿はどこにもない。

 こぼれんばかりの笑みを浮かべている。


「ヤイダのそういうところ、好きだぞっ」


 調子のいいやつだと呆れてしまう。

 でも、あざとい演技をしようと思うぐらいには、お腹が空いていて、矢井田のご飯を楽しみにしてくれているということでもある。

 その要望を叶えてあげたくなってしまうのも仕方のないことだ。




    ◆




「やられたー!」


 晩ごはんの準備を始めていると、イコの声が聞こえた。

 イコがプレイしているのはインターネット対戦ができるゲームだ。

 対戦相手が強かったらしく、こてんぱんにやられたようだ。


「ムカつく」


 ソファーの上にポイっとコントローラを捨てて、イコがキッチンにやってくる。


「今日の晩ごはんは何?」


 後ろからヒョイと顔を出して食材を確認している。


「もしかして肉じゃが?」


 頷くと背中をバシバシ叩いてくる。

 どうやら好物らしい。

 イコの様子に苦笑しながら、タブレットの画面に映っているレシピを確認して調味料の分量を量る。


「いちいち量ってるの?」

「こういうのはレシピ通りに作るのが大事だからな」

「はぁ……ヤイダは分かってないなぁ。こんなの目分量でいいんだって」


 レシピをざっと確認した後、イコが食材や調味料を雑にボウルに放り込んでいく。


「ほら! もう仕込みが終わった」

「いや、まぁ……」


 終わったことは終わった。

 でも雑に仕込んだ分、味も雑になってしまうと思う。


「ヤイダのやり方だと私が飢え死にしちゃうって。もっと効率よくやらなきゃ!」


 料理は効率が全てではない。

 ゆっくりと丁寧に取り組むことが重要な場合もある。


「社会人経験あるんでしょ? 職場でもっと効率的にやれって言われたことない?」

「ぐっ……」


 クソ上司に耳がタコになるほど言われた。

 余り思い出したいことではない。


「へぇ、言われてたんだ。ウケる」


 ケラケラ笑っている。


「料理は効率だよ!」


 ドヤ顔で機嫌良さそうに、こうすればもっと効率がよくなると延々と語っている。

 その様子を見て、矢井田は思った。


(こいつ……指示厨の素質がある!)


 ヤロリの配信でコメントをしたことはないと言っていたが、もしコメントを投稿するようになったら身勝手な指示を大量に書き込みそうだ。


 とにかく指示を出したい。

 そういう人たちがいるのだとVtuberをすることで知った。

 あの旧都アグレスもその一人だ。

 別に求めてもいないのに指示コメントをする典型的な指示厨だ。


 ヤロリはゲームが下手だ。

 だから視聴者からすればもどかしいときも多いだろう。

 彼らなりに真剣にアドバイスしているつもりが、いつの間にか指示厨になっているということもある。


 上から目線で指示されることは余り好きではない。

 クソ上司のことを思い出すからだ。

 だから指示厨のことも好きにはなれない。


 でもイコは可愛い。

 美少女だから許される。

 厄介な指示厨も、ガワが美少女だったなら萌えキャラに様変わりだ。


「ねぇ聞いてる?」


 外見が美少女であれば、性格的な欠点も愛嬌に思えてくるから不思議だ。

 美少女ってのは得だと思う。

 クソ上司にどんくさいと言われても心が傷つくだけだったのに、イコに言われたらむしろ嬉しい。

 腹は立つが、もっと言ってほしいとすら思えてしまう。




    ◆




「肉じゃが! 肉じゃが!」


 イコはリビングの椅子に座りながら足をブラブラさせている。

 よほど楽しみなのだろう。

 待ちきれないとばかりに肉じゃがをバクっと食した。


「ん? あれ……?」


 イコの顔が曇っていく。


「あんまり美味しくない。いや美味しいんだけど、期待したほどじゃないっていうか……」


 テーブルの上の肉じゃがを見つめて首をひねっている。


「ヤイダのご飯を食べるとママー!って感じが身体の中に広がるのに、今日は全然こない。ぴくりともしない」


(普段、そんなことを思って食べてたのか……。俺はママじゃないんだが)


 複雑な気持ちになる。


「ヤイダにはガッカリだよ」


 肉じゃがの味がパッとしなかった理由はハッキリしている。

 イコのせいだ。適当に分量を量ったからだ。


 だがそれを指摘するのは得策ではないだろう。

 イコには指示厨の素質がある。

 そして指示厨は得てして反省しないものだ。

 指示厨に本当のことを指摘するとぶちぎれると矢井田は身に染みて理解している。


「ママの肉じゃが! ってなる肉じゃがを食べたかったなぁ……」


(どんな肉じゃがだよ)


 でも、彼女が心の底から楽しみにしてくれていたのは事実のようだ。

 自分が原因ではないとはいえ、期待に応えられず申し訳ない気持ちになる。


「もう一度、チャンスをくれないか?」

「えっ?」

「俺も今日の肉じゃがの出来には満足していない。明日、もう一度肉じゃがを作ってもいいか?」


 イコの喜ぶ顔が見たかった。


「別にいいけど……期待外れだったら承知しないよ?」

「任せてくれ」


 力いっぱい頷いた。

 そして、宣言する。


「俺は明日、イコのママになる!」


 翌日、肉じゃがリベンジを行った。

 その結果、無事にママ認定された。

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