蘭学荒野の鎧武者

シーズン1

第一話：登場編

正直これを歴史・伝奇ジャンルは殺されそうで(ジャンルについての言い訳)

　一八ＸＸ年、日本列島は蘭学の炎に包まれた！

　刀は折れ、弓の弦は切れ、礼法は死に絶え、日ノ本すべての魂が消え果てたかに見えた！

　だがしかし、人々は死に絶えてはいなかった！

　＊＊＊

　そして迎えた世は大蘭学時代！

　見よ、一面には荒野が広がっている！

　蘭学大爆発（ルネッサンス）の際、江戸と大坂、長崎以外の全てが草一つ生えぬ荒野と化してしまったのだ！

　人呼んで、これを蘭学荒野と言う！　

　そして蘭学荒野では弱い民が虐げられ、蘭学武装を果たした強き者たちが彼らを蹂躙していた。おお、神仏よ！　この世に救いはないというのか？

「助けてくれーっ！」

「ヒャッハァー！　お前たちを蘭学の炎で消毒してくれるわーっ！」

「食料だろ？　なあ、食料だろう！？　食料置いてけーっ！」

　ああ、今も蘭学に蹂躙される弱い民がいる。荒野を息せき切って走るのは、麻の服をまとった哀れな老人とその孫娘だ。大八車に乗せているのは、仲間のための食料か。

　そして追い掛けるのは蘭学車の群れ。一台一台の蘭学武装ジープに五、六人が箱乗りになり、圧倒的優位性をもって追い回しているのだ！

「はあ、はあ……あっ！」

　そして限界はあっさりと訪れた。必死に逃げていた孫娘が、荒野の石つぶてにつまづき、転んだのだ。老人が慌てて振り向き、少女を回収しようとする。しかし蘭学武装ジープから蘭学式連発銃が牽制！　老人は慌てて難を逃れた！

　バタタタタ！

「ちょこまかうるせえぞ、ジジイ！　そこで止まってろぉ！」

「ヒッ！」

　ああ、娘と老人は分かたれた。蘭学武装ジープ部隊は散開し、老人たちを囲むように車を止める。たちまち展開するのは筋肉質の体を直接武具に包み、蘭学銃を携えた蘭学武装雑兵！　そして頭目！

「ヘェーヘェーヘェー。食料が嫌なら、そこの娘で許してやるぜぇー！」

「なんなら娘置いてけぇー。俺らが可愛がってやるよぉ」

「ヘイ嬢ちゃん。いっそ爺さんなんざ置いて俺らと来ないか？　飯はたんまりあるぜ？」

「嫌あっ！」

　散切り頭をした頭目――蘭学大爆発後の世界において、もはや丁髷（ちょんまげ）は時代遅れ・下層民の象徴である――が娘へと近付き、娘はじりじりと祖父の方へと下がった。しかし祖父と彼らが命を懸けて届けんとした食料は、すでに蘭学武装雑兵どもに取り囲まれている。やはりここで、彼女たちの運命は引き裂かれてしまうのか？　しかしその時である！

　ひょうっ、ふつっ。

　不意に彼方より来たった矢が、雑兵どもの喉を貫いた。それがさらに、二本続いた。雑兵どもが、蘭学銃を矢の来たったに向ける。しかしそこに、更なる射撃。雑兵が倒れる。なんたる技術か！

「ぬうっ！　これはまさか、古よりの侍技術……」

　頭目が正体に迫らんとする。だがその間も与えずに再び強弓が彼らを襲った。再び三本。しかも今度は……

　バスッ！　バスバスッ！

　なんと蘭学武装ジープの生命とも言えるタイヤを撃ち抜いた。足を失ったことに動揺する武装雑兵。するとさらに矢が飛来し、今度はマヌケな雑兵の手足を射抜いていく。これはあえて致命点を外すことによって、敵勢に救護の必要性を発生させる技。やはり！

「流鏑馬（やぶさめ）か！　畜生、侍め、姿を見せろ！」

　蘭学拡声器で頭目が叫ぶ。すると馬が一頭、砂煙を立てて現れた。蘭学改造された駿馬ではなく、天然の日ノ本馬だった。そして跨るのは――

「武者……！？」

　頭目が声を上げた瞬間、鎧兜――それも鎌倉の如き大具足だ――に身を包んだ武者から矢が放たれる。頭目は射線を読んでそれを回避。しかし強弓の勢いは凄まじく、鏃（やじり）がジープの側面をへこませていた。その間にも、鎧武者を乗せた馬が、蘭学武装集団（ヒャッハーども）へと迫り来る。

「敵は一人！　近付けるな！　蘭学銃をぶっ放せ！」

「へ、へい！」

　ジープの影に隠れた頭目が、雑兵に向けて吠え立てる。だが彼らの反撃はまばらだった。殺人的な強弓によって恐怖を植え付けられていた彼らにはもう、積極的な反撃に出る気力が皆無だった。故に大具足を乗せた馬は左右自在にステップを踏み、弾丸を軽やかにかわしていく。

「……！」

　鎧武者が、無言のままに鐙を蹴った。馬が勇躍、まばらな隊列に分け入って射線を潰す。武者はぐるりと、蘭学武装雑兵をねめ回した。

「ひっ……」

　彼らはここで、初めて武者の姿を完全に直視した。鎌倉めいた、時代がかった大鎧。顔には面頬。荘厳な兜。どこか幽鬼じみており、身体の周囲に陽炎が漂っているようにも見えた。

「あわわ……」

　雑兵の一人が、反射的にへたり込んだ。よく見れば、股間を濡らしている。彼もかつては農民だった。武士階級への本能的恐怖が、彼から戦意を奪い去ったのだ。

「あああ……」

「お武家様に逆らっちゃいけねえだ……」

　怯えの伝播は、頭目が奮い立たせんとするよりも速かった。雑兵どもが、次々と蘭学銃を取り落とした。完全なる戦意喪失に、頭目は判断を切り替えざるを得なかった。

「チッ！」

　出立の地、根拠地へと戻るべく、彼はタイヤが無事なジープを探した。しかし鎧武者の目は節穴ではない。馬上のままに、そちらを見据える。無論、頭目も応戦！

「逃げられねえなら仕方ねえ！　死にくされ！」

　持ち出されたのは蘭学武装ジープに備えられていた蘭学バズーカ！　即座に構え、狙いを定める！

「おおしゃあ！」

　たちまち砲弾が撃ち出され、一直線に馬上の鎧武者を目指す！　だが鎧武者は平然としていた。手にする武器が、いつの間にやら十文字槍へと切り替わっている。およそ四尺、重みのある槍を、鎧武者は無造作に持ち上げ――

「ぬぅん！」

　一刀両断。見事に砲弾を切断せしめた。なんたる胆力。なんたる腕前。

「ば、バカな！？」

　頭目があぜんとする。もう一度引き金を引くことなど、頭になかった。想定外の事象に、彼は崩れ落ちる。そして、それを見逃す鎧武者ではなかった。

「ハッ！」

　今度は槍を、無造作に投げる。しかし、狙いは正確だった。穂先が頭目の胴を貫き、勢いのままに蘭学武装ジープへと縫い留める。勝負あり。鎧武者の、完勝だった。

「に、逃げろーっ！」

「頭が殺られた！」

「もうダメだ！」

　頭目の惨めな最期は、生き残りの雑兵たちを我へと返した。敗北を悟った彼らは我先にと荒野を走り、いずこかへと消えていく。あるいは、拠点へと報告に向かったか。だが鎧武者は、特に追わずに見送った。頭を失った雑兵の末路など、たかが知れていた。

　武者は逃走者どもから背を向けると、老人たちへと近付いた。彼らは混乱の中で上手く立ち回り、いつの間やら大八車を取り戻していた。

「……無事か」

「はい。ありがとうございました」

　鎧武者の声に応じたのは、孫娘だった。表情こそ固いものの、声を聞くと気丈にもまっすぐに答え、深々と頭を下げた。鎧武者の声は面頬でくぐもり、表情は見えぬ。にもかかわらず、なんたる胆力か。

「良し」

　鎧武者は、二人に背を向けた。向いた方角は、逃走者どもが一番多く向かった先。二人にも、その意図は分かった。分かってしまった。

「お達者で」

　老人が頭を下げる。しかし鎧武者は、もう二人を見てはいなかった。二人が下げた頭を上げる頃、鎧武者の姿は荒野の遠くにかき消えていた。