鎧武者は基本無言です(会話どうすんねん)
鎧武者と青年は、無言のままに夜の蘭学荒野を進んでいった。道中、特に語ることはなかった。青年はとうに言いたいことを言い終えていたし、鎧武者はひたすらに無言を貫いていた。
月のない夜、蘭学荒野はどこまでも暗かった。蘭学
「おそらく」
青年は答えた。こんな夜更けに彼方が赤く染まる。そんな事象が起こる理由は、一つ以外に考えられなかった。そう。宴である。青年は、少しだけ身を固くした。あれにたどり着いた時、自分は生死の狭間に踏み込むこととなる。
ぶるる。
馬が小さくいななき、青年ははっと周囲を見回した。二人を乗せた馬は、止まっていたのだ。
「……」
気が付けば、鎧武者が己を見ていた。無言であろうと、意図は悟れた。不甲斐ない己に、離脱の機会をよこしていたのだ。青年は一度だけ周囲を見回した。茫漠たる蘭学荒野が、どこまでも広がっている。ここで逃げたとしても、誰一人己を責めないだろう。責めるとすれば、自分自身だ。自分が自分を、永遠に許さない。
「決めた以上は、行く」
青年は、改めて決心を言葉にした。たとえ事が終わっていたとしても、それでもできることはやりたかった。だから鎧武者に、せめてもの願いを伝えた。
「どうあがいても、俺よりは貴方のほうが強いでしょう。だから、真っ先に」
女たちが押し込められている場を見つけて欲しい。丁寧を心がけたその願いに、鎧武者の答えはなかった。しかし馬の速度は、わずかに上がった。
***
彼らは、略奪成功の宴に溺れていた。略奪した作物や肉を喰らい、他の村に差し出させた酒などを用いてどんちゃん騒ぎに及んでいた。燃え盛る火を囲み、歌い踊っていた。
この乱痴気騒ぎの中で唯一統制が取れていることがあるとすれば、女が供されなかったことであろうか。村長――略奪集落としての大将である――の気が変わり、全員自分のものにすると言い出したのだ。大将は性に関して欲深である。こうなるとてこでも動かない事を、配下の者どもはよく知っていた。
「あーあ。女が欲しいぜえ」
「そう言うなって、余計欲しくなっちまう」
酒をかっ喰らいながら、二人の男が談笑していた。普段は見張りをやっている程度の雑兵だが、今宵ばかりはその任を解かれていた。もっとも席次的には末席で、車座からは外れている。大した馳走ももらえていない。結果、二人の会話は非常に愚痴愚痴したものとなっていた。
「米が食えるって聞いて、この村に来たんだがなあ」
「触れ込みなんてそんなもんよ」
乱痴気騒ぎを拝みながら、二人は会話を続ける。正直なところ、さっさと終わってほしいというのが本音だった。どうせ翌朝からは、また単調な村の見張りなのだ。早く眠って、せめて英気だけは養いたかった。
「ひょ?」
そんな二人が『風』を感じたのは、ほんの一瞬のことだった。二人の身体、そのわずかな隙間を、なにかが通り抜けた気がした。直後。
「はぶぁ!」
車座の一角に座っていた、同輩の頭が砕け散った。二人は顔を見合わせる。彼らは見た。見てしまった。自分たちの間をすり抜けていったのは、恐るべき威力の矢だったのだ。
「いいいいいっ!?」
二人は叫んだ。しかし乱痴気騒ぎは、とどまるところを知らなかった。仲間が死んだのを見てすら、宴会芸だと思い込んでいる輩までいる始末である。だが現実は残酷だ。矢が次々に、略奪集落の者どもを打ち抜いていく。
バスバスバス!
ドゴッ!
ズガン!
人間の頭部が、割られた西瓜のごとく破砕されていく。そのさまに二人は恐怖を覚えた。すでに敵襲は明らかになっており、さすがの酔漢どもも抗戦体勢に移ろうとしている。しかし酔いは簡単に覚めるものではない。未だに場は混乱しており、断続的な射撃がさらに状況を悪化させていた。
「おい、おい」
「へい」
そんな中で、二人に声をかける者がいた。二人は反射的に、声で応じた。そこで突き出されたのは、型落ちの蘭学拳銃。そして、決死の形相を見せる男だった。鬼気迫る姿に、二人は助けを叫ぶことさえも叶わなかった。
「女たちの押し込められている場所はどこだ。吐け」
「お、俺たちは下っ端で」
「心当たりでいい、吐け」
代わる代わるに拳銃を押し付けられ、男二人はいともあっさりとすべてを吐いた。大将の住まう小屋、その地下室、収奪品を隠す倉庫など、口々に候補を上げていく。そこに良心や忠誠心はかけらもない。自分の命が、真っ先だった。
「後は?」
「も、もうない! なあ?」
「お、おう」
「じゃ、ありがとよ!」
「え?」
直後。彼らは脳天に衝撃を得、昏倒した。拳銃を持った男――青年が、銃床にて二人を殴りつけたのだ。
「
青年は決然と言う。鎧武者が、幽鬼じみて音もなく近づく。二人はうなずき、略奪集落の制圧を開始した。
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