時にはクサいぐらいのハッピーエンドがあってもいいよね

 武器庫の一部をあてがわれた押し込め部屋の隅で、村娘は必死に神仏に祈っていた。同じ年頃の娘と一緒に焼け落ちていく村からさらわれ、この部屋に押し込められた。

 幸いだったのは『先客』がまだ何人か残っていたこと、そして普段から女子同士のたわ言で想い人――青年の存在を伝えていたことだった。おなご同士の義侠心が、さりげなく彼女を守ったのだ。

 しかしだからといって、男どもの目からいつまでも逃れられるわけではない。まださらわれてから最初の夜だというのに、すでに三人の女がこの部屋より連れ出されていた。彼女たちに部屋の外を知るすべはない。すべがない故に、女たちの想像はどんどん悪い方へと向かっていく。


「お願いします、お願いします……」

「うるさいよ!」


 村娘による他愛のない念仏ですら、気もそぞろな女たちには気に障るのだろう。一人の女――あまり器量は良くないが、鼻っ柱だけは強そうだ――が彼女に食って掛かった。麻の着物を掴み、押し込み部屋の中央まで引きずり出す。複数の女に囲まれた村娘に、抵抗の余地はまったくなかった。


「なんだい、よく見たらそれなりに器量よしじゃないか」

「ねえ。次に連れ出しが来たら、この女を差し出しましょう?」

「いいわね!」

「や、やめ、て……」


 村娘の震え声をよそに、女どもはあさましくも次の生贄を彼女と定めた。ニタニタと笑い、村娘を蔑む視線を送る女ども。村娘はざめざめと泣き崩れ、女どもの嗜虐心を煽ってしまう。そんな中。


「おい、女ども! うるさいぞ! 次だ!」


 押し込め部屋の戸が開け放たれ、いかにも乱暴そうな男が現れる。村娘たちをここに押し込めた当人であり、集落の大将が信頼する右腕であった。右腕は暴力的な足取りで部屋に踏み入ると、欲望を隠さぬまなこで女どもをねめ回した。


「ううーん。そろそろ大将が気に入りそうな女が減ってきたな……ん? そこの女、顔を上げろ!」


 一度は見逃されたかに見えた村娘だったが、やはり右腕は目ざとかった。なおもざめざめと泣く彼女に気づき、押し迫る。耐え切れず、彼女は顔を上げてしまった。


「ほぉう」


 右腕は喝采の声を上げた。痩せてこそはいるものの、泣き姿ですら獣欲をそそるとは。これほどの器量良しに、何故に気付けなかったのか。これを差し出せば、大将も。


「うぬら、隠していたのか」

「めっそうもない。もう少し話がついてたら、この女を差し出そうかと」

「ふむ」


 右腕に応戦した鼻っ柱の強そうな女を、彼はまじまじと見た。この女も使えそうだと、彼は認識を改める。己の地位向上のためなら、彼はなに一つとしていとうつもりはなかった。


「よーし、お前を大将の所へ連れていく。なあに、大将が気に入れば贅沢な暮らしができる。喜べ」

「い、いや……」


 村娘は首を振る。声にならない声で、青年の名を呼ぼうとする。助けには来ないと、わかっていても。しかしその顔は、突如として喜色に染まった。


「オラ、こ……なんだ急にけったいな顔を……ごぉっ!?」


 突然素っ頓狂な声を上げた右腕が、そのままぶっ倒れた。その背後に、男を倒した人物が現れる。村娘は、その人物の顔を覚えていた。いや、忘れるはずがなかった。心を通わせ、ゆくゆくは未来を誓おうとした相手。青年その人だった。


「遅くなった。ごめん」


 鉄棒を構えた青年が、息せききってそう告げた。


 ***


 蘭学荒野を吹く風は、今日も今日とて強かった。砂を巻き上げ、歩む人々へ横殴りに礫を投げ付け続けていた。まこと、ただただ歩むにも厳しい土地である。

 しかしそんな突風の中を、悠然と進む幌付きの蘭学ジープがいた。くくりつけられたカゴには、大量の蘭学武装が載せられている。弱者はおろか、強者すらよだれを垂らしかねないほどの威容であった。

 ジープには、一組の男女が座っている。男が運転し、女が寄り添っていた。青年と、彼に救われた村娘だった。


「あの鎧武者様は、結局何者だったんだろうなあ」


 皮膚を浅黒くし、少し逞しくなった青年。


「またその話なのね」


 少しだけ肉が付き、いよいよ笑顔が美しくなった村娘。二人は視線を交わすと、ま、いいかと車を速めた。

 結局のところ、略奪集落は鎧袖一触であった。二人が再会の喜びをひとしきり分かち合った頃には、集落はほぼほぼ崩壊していた。構成員どもは潰走していたし、大将と思しき男は矢で頭を射抜かれ、無様に晒されていた。鎧武者の姿は、どこにも見当たらない。とうに姿を、消したのだろうか。

 しかし青年は、好機を逃すほど愚かではなかった。彼は集落の武器庫からありったけの道具を持ち出すと、蘭学武装ジープに詰め込んだ。そして村娘を乗せると、即座に脱出したのである。


「……」


 不意に視線を感じた青年は、少しだけ車から視線をめぐらした。危ないと、村娘から小突かれてしまう。青年の運転は実地で学んだものであり、今もどこか危なっかしいのだ。


「すまんすまん。噂をすれば影が差すような気がしてな」

「よそ見のほうが危ないでしょ」

「そうだな」


 礼の一つも言えなかった未練を振り切り、青年はジープを加速させる。その向こうには、おぼろげながら集落が見えつつあった。

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