第四話:苦境編
「ククク、○○がやられたようだな……」は良きテンプレ
「ククク……蝙蝠卿がやられたようだな……!」
「彼は所詮、慇懃無礼な小物に過ぎないわ。三戦士の面汚しよ」
「クックック……」
「うふふふふっ……」
洞窟を改造した秘密基地の奥深く、黒いローブに身を包んだ二人が言葉を交わす。姿形をうかがい知ることはできないが、口ぶりからすれば、蝙蝠卿の同輩のようだ。片方は男、片方は女のようである。男は、ローブをもってしても隠し切れぬほどには大柄だった。
「と、まあ。ひとしきり笑ったところでなんだが、奴が倒されたのはちと問題であるな」
「あら? 日頃は三戦士最強とうそぶいていたアナタが、弱音を吐くのかしら?」
真剣な声色に変わった男に、女が蠱惑的な声で問いかける。それに対して、男はふんすと鼻を鳴らした。
「フン。俺様が最速で最強であることは揺るがぬが、鎧武者とやらが近付かせてくれるかが問題だ」
「なるほどねえ。じゃあいっそ、今回も組みましょうか? アタシが法力坊主を無力化すれば、あとはアナタが姫君をさらってそれでおしまい。魅力的な案だと思うけど?」
「……」
女の提案に、男は考え込んだ。たしかに魅力的な提案ではあるが、毎度毎度頼るのも矜持にもとる。しかし己の性質と今回の目的を考えれば、そちらのほうがはるかに楽なのも事実だった。
「よかろう。
「重畳。後でアタシから【昼の軍勢】に言って、連中にちょっかいを掛け続けるように言っておくわ。判断力が落ちれば、策にも掛かりやすくなるからね。やるのは明日の夜。アタシにも準備があるからね」
雌狐御前の提案に、白狼王は豪放に笑った。この男は細かいことまでは気にしない。目的さえ果たせれば、ほかはどうなっても構わないのだ。たとえ最終的に、自分が不利になったとしてもだ。
「いいだろう。雑兵どもも、そのくらいは役に立ってもらわねば困る! ガッハッハッハ!」
「オッホッホッホッホ!」
おお、基地に笑い声がこだまする。悪魔を尊ぶ者どもの声がこだまする。未だその底は見えず、闇に蠢いていた。
***
蘭学荒野の夜は長い。いや、長いと思わされているのだろうか。僧侶はそんなことを思いながら、焚き火を調整していた。目の前には、聖なる力を秘めし姫君。そして少し離れた場所に鎧武者。鎧武者は自ら寝ずの番を買って出ていた。もっとも、状況が状況ゆえに寝られるはずもないのだが。
先に蝙蝠卿とやらを倒してから、一刻ほどは走っただろうか。追撃がないことから足を止めたが、結界空間を構築するのははばかられた。またしても先のような不意討ちを受けては、ひとたまりもないからである。
「わたくしが物心ついた頃には、すでにこの力は手元にございました」
姫君が手のひらに光を灯した。僧侶には、その光の意味が理解できた。人に手をかざすことで、傷や病を治癒する能力。己の知る教えでも、特に秀でた者にしか扱えぬはずの力であった。仮にただの人間がその力を持つとすれば、それは
「わたくしは、かつては大名であった家の娘でした。父は城から持ち出した財産と私の能力を使って名声を得、小さいながらも集落を築きました」
「ふむ」
僧侶はうなずき、続きを促した。少しずつ 少しずつ、この一件の真実を探り当てていく。その手がかりが、彼女の証言にあるのだ。姫君は手元の光を打ち消すと、ギュッと拳を握り締めた。
「恥ずかしながら、わたくしは聖女ともてはやされ、周囲に名が広まる度に鼻を高くしておりました。それが仇となったのは、思えば半月ほど前に遡ります」
姫君は僧侶に、あらましをすべて語った。それはあまりにも卑劣な騙し討ちだった。
「ある日、我々の集落に三人の旅人が現れました。彼らは三賢者と名乗り、わたくしを崇め、集落に拠点を置きたいとまで申し出てくれたのです」
「……」
「ですが、それはわたくしどもを油断させるための策略でした。十日も経つ頃、爺……私を助け、村から連れ出してくれた者が気付きました。村から男手が、減っていたのです」
「なんと」
僧侶は驚きのあまりに相槌を打った。さてはたぶらかされたか、逃げ出したか。
「経緯はすぐにわかりました。三賢者の内に一人、女性がいました。その女が、殿方たちをたぶらかしていたのです。無論、わたくしどもは問い詰めました。しかしはぐらかされて終わりました。その夜……」
そこで姫君の顔が曇った。目には浮かぶものがある。おそらくは、悲劇を思い出しているのだろう。
「村は焼き討ちにあいました。あの蝙蝠が稲光を撒き散らし、もう一人の男が村人を撫で斬りにしました。鋭い牙と爪を持ち、あまりにも早く動いて殺していきました。そして女は、たぶらかした村人をけしかけ、相争わせ、高笑いしたのです」
ここで耐え切れなくなったのだろう。姫君はついに咽び泣いた。しばらくの間言葉は止まり、ぐすぐすとした泣き声だけが蘭学荒野に響いた。僧侶も、あえて止めようとはしなかった。彼女の悲哀は、彼女にしか分かり得ない。結局彼女が次に口を開いたのは、四半刻(三十分)が過ぎてからのことであった。
「私は爺に連れられ、逃げ出しました。集落に一台しかない装甲蘭学車に乗り、江戸へ向かいました。しかし彼らの動きは早く、翌日の昼からは連中の部隊に追い回されました。道は遮られ、近付いても遠のき、そうしてなぶられ、結果」
「今に至った、と」
「はい」
彼女はうなずいた。未だに涙の跡は残っていた。僧侶は考える。何者かは知らぬが、敵手は相当に強硬な手段を弄して彼女を襲っている。おそらくは、裏になにかがあるのだ。あるのだが、それは今はわからない。と、なれば。
「江戸へ向かわねばなるまい」
僧侶はひとりごちた。鎧武者が同意するかは不安だが、ひとまず敵の出方を見なければなるまい。こちらの動きがまずければ、連中は部隊を出してくる。そして、三賢者とやらの残り二人も。
「はい」
姫君もうなずいた。通りがかりの人間を巻き込んでしまうのには気後れがあるが、今の己にはそれ以外の手段がなかった。爺の懐剣を手にした武人。倒れた己に、手を差し伸べてくれた僧侶。この二人以外に、頼れる者はいないのだ。
彼女は僧侶と鎧武者をまじまじと見つめた後、もう一度だけ、自身に言い聞かせるようにうなずいた。
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