第三話:逆襲編

汚いなさすが忍者きたない

 蘭学女中メイド軍団が撤退してから数刻が過ぎ、蘭学荒野はようやく朝を迎えた。座禅で英気を養っていた忍者が顔をおもむろに上げると、鎧武者が遠くの景色を見ていた。八十四番の、消えた方角だった。忍者はその姿を見て決断する。そろそろ、頃合いだろう。忍者はそっと、絵図を広げた。


「鎧武者どの」

「……」


 鎧武者が、己を向いた。忍者はゆっくりと、胸元から蘭学装置を取り出した。鎧武者の、まなこが光った気がした。


「幕府秘蔵の蘭学装置でござるよ。こちらは受信機。先の戦にて蘭学女中の一人に、発信機を仕込ませていただいたでござる」


 布に隠している口角を、ひっそりと上げる。誤解を恐れずに言うのであれば、これは秘策中の秘策であった。しかし今となってはもはや容赦はできない。いかなる手立ても、使わなければ無駄死にである。


「仕組みとかの話はややこしいので割愛するでござるが……。現在の位置はここにござる」


 絵図の一点、山脈の中のとある場所を、忍者は指した。


「仮に道中で気付かれ、排除されていたとしてもでござるよ。この地の近辺に、連中の拠点があることは間違いないでござるよ」

「……」


 鎧武者が、重くうなずく。忍者はその意味を悟りかねた。あんな状況に陥るような【心通し】の多用は、己を蝕む恐れがあった。ゆえに、安易には使えない。


「仮に八十四番のことを言いたいのであれば、でござるよ。彼女については、一度諦めるのが得策でござるな」


 忍者は、冷たく鎧武者に告げた。彼は忍びの者として、他人を操る術には相応の理解があると自負していた。その事実が、彼に冷徹さをもたらしていた。性格までも豹変するような洗脳は――


「対等の戦いを望むのであれば、【ご主人さま】とやらを倒すのが一番手っ取り早いでござるな」


 術者を倒すことでしか解きようがない。多くの蘭学女中に囲まれた、未だ本性もわからない蘭学者を。つまり。


「同行二人、でござるな」

「……」


 恐れを知らぬ忍者の言葉に、鎧武者は小さくうなずいた。


 ***


 忍者の策は、まさに当たりであった。発信機は軍団の警戒をかいくぐり、かの者たちの正確な拠点を指し示していたのである。火口に偽装された入口の先で居並ぶ蘭学女中どもの一人に、今もひっそりと貼り付いていた。


「なるほどね。【荒野の鎧武者】の、爆発的な強化……。たしかに不確定要素だね」

「くっ……!」


 まさに今そこにある危機に気付けぬ、悲哀を背負った蘭学女中。彼女の視線の先では、八十四番がまたも辱めを受けていた。頭部に拘束具ヘッドギアめいた蘭学機械を取り付けられ、対決の記憶を吸い上げられていた。記憶は映像に出力され、蘭学女中全員に共有されていく。般若面を付けた【ご主人さま】の、技術力の高さがうかがえる。


「だが私は、キミになにを依頼したかね? あの二人を、骨も残すなと命じたのだ」

「ううっ!」


 【ご主人さま】が手にした機材のボタンを押すと、八十四番が悲鳴をあげた。どうやら、頭部の拘束具を締め上げているようだ。


「……まあいい。殲滅を急ぐあまりに、兵力を欠かしてしまうのは愚の骨頂でもある。問題は」


 【ご主人さま】の右手人差し指が、悲哀を背負った蘭学女中へと伸びる。指先の第一関節が逆に曲がったかと思うと、そこには銃口があった。


「招かれざる客が、ここにやって来る可能性が高いということだ。五十七番」


 ジュッ!


 銃口から、光線が伸びる。光線はまごうことなく彼女へと伸びていく。しかし生命を焼き切ることなく、彼女に貼り付いていた、発信機だけを撃ち抜いた。


「え……」

「キミの視野の狭さが、禍根を招き寄せることになるだろう。パーティーの準備だよ、諸君」

「はい!」


 全員――八十四番と、五十七番をのぞく――が一斉に応じた。先頭列の、中心に立っていた蘭学女中が、一歩前に出る。江戸の、奥女中に出しても恥ずかしくないほどの美貌だ。しかしその美貌とは裏腹に、醸し出す空気は冷たさをまとっていた。【ご主人さま】が、彼女へと目を向けた。


「一番」

「はっ!」

「パーティーの指揮は、キミが執れ。八十四番の使い方も任せる」

「はっ!」


 一番と呼ばれた蘭学女中が、片膝をついた。彼女はそのまま反転し、全軍に向けて冷たく告げた。


「これより敵手への『おもてなし』を開始します。骨をも残さず、葬りましょう」

「はいっ!」

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