ごきげんようってまだやってたっけ?

「ごきげんよう。公儀隠密さまに、【荒野の鎧武者】さま」


 発信機の示す地点への登山のさなか、その声は上方より訪れた。冷徹さをうかがわせる声に、江戸の奥女中すら目指せるほどの美貌。そんな声の主を中心に、八人の蘭学女中メイドが立ち並んでいた。


「お女中。怪我をしたくなくば、そこをどくでござる」

「口の悪いお客人ですわね。このような方を、【ご主人さま】の御前にお出しするわけには参りません。方々、お掃除の準備を」

「はいっ!」


 布下に苦笑を隠して忠告する忍者だが、蘭学女中はきっぱりとはねのけた。それどころか、はっきりと排除を明言してのけてしまう。これには忍者も、もう一声を重ねざるを得ない。


「来客をおもてなしするのが、女中の役目でござろう?」

「全力――物質転送機の所持を許された、一番から八番まで取り揃えて――での迎撃も、またおもてなしかと」

「ああ言えばこう言うでござるな。少々姦しいでござるよ」

「【ご主人さま】より女中長――序列一番の称号を賜っておりますれば。招かれざる客にあらがうもまた必定かと。総員」


 一番を名乗った、怜悧な蘭学女中が手を挙げる。すると残りの七人が外衣スカートをたくし上げ、様々な道具を足元に落とした。火器に武具、ほうきにちりとり。よりどりみどりの、盛りだくさんである。


「四半刻(三十分)」


 一番が宣言した。


「これらの道具は、物質転送装置の効果ゆえに四半刻で元の位置へと戻されます。その際にお二人が立っておられれば、私どもは【ご主人さま】のメイドとして。あなた方を案内して差し上げましょう」

「時間制限付きでござるか」


 忍者が、クナイを抜いた。


「ええ」


 一番が、静かに得物を外衣から落とした。


「……」


 鎧武者は、とうに槍を構えていた。話を聞いていたのかは、定かではない。


「総員。迎撃おもてなし、始めっ!」

「参るっ!」


 蘭学女中集団と、忍者に鎧武者。両者はほぼ同時に山道を蹴った。まず忍者と鎧武者が散開し、それぞれへと向けて銃弾が放たれた。飛び、転がって、二人は銃弾の雨をかわしていく。


「はっ!」

「っ!」


 ひとしきり撃ち切ったところで、今度は鎧武者たちが動いた。忍者は容赦なく手裏剣の雨を放ち、鎧武者は踏み込んで四尺の十文字槍を振り回す。蘭学女中たちは防戦に回り、ほうきやちりとり、あるいは己の武具でそれらをさばいた。


「お帰りくださいませっ!」


 そのさなか、上手く姿を消していた一番の声がこだまする。背後からの、投げ蘭学脇差ナイフだ。あやまつことなく、心臓の箇所を狙っている。否、それでなくとも蘭学脇差には神経毒を塗り込められていた。勝機ここにありと、一番は心のうちでほくそ笑む。だが。


「ぐあっ!」


 響いた声は、同志たる蘭学女中のものだった。次の瞬間、一番は信じられないものを見る。その瞬間までそこにいたはずの、忍者の姿が消えていた。そして四人の忍者が、己を取り囲んでいた。


「五分身……」

「そちらが全力でござれば、こちらも全力にてござるよ」

「くっ!」


 八十四番も連れて来るべきであったか。一番は後悔を滲ませながら、八本の蘭学脇差を構えた。同時に、二番から八番――たおれた一人は除く――に向けて指示を飛ばす。


「公儀隠密は私が相手する! 皆は鎧武者を制圧せよ!」

「はいっ!」


 黒と白のコントラストも優雅な蘭学女中たちが、足音も軽やかに陣形を展開する。鎧武者は槍を回し、警戒の陣構えをとった。


「数では我らが優位。失策は降格と心得よ!」

「はっ!」


 数は七人、時限は未だ遠い。忍者は頬に滴る汗を隠して、静かにクナイを握り締めた。

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